フォンダンショコラ/フブキ
ぐったりとした様子で、その友達は言う。
「甘いものが食べたいわ」
いきなり家に来たと思ったらこれだ、しかも決まって、なにかうまくいかないことがあったとき。
いつもの細かいカロリーの注文も、今日はない。
私は、はいよとだけ言って冷蔵庫へ。
今日は何があっただろうか。
ああ、フォンダンショコラがある、菓子はこれにしよう。
あとは、なにか落ち着く飲み物でもいれよう、甘いものなら、コーヒーだろうか。
コーヒーも甘くするという手もあるが。
考えていると、ようやく、絞り出すように「カロリーに気をつけてね」と言った。了解だ。
でもまあ、やっぱりコーヒーだ。
電子レンジで20秒ほど温めていたチョコ菓子をとりだして、最近買った桜の小さな皿の上に置く。
今朝作ったホイップを添えて、少しのシュガーパウダーをふりかける。
スプーンを添えたらフブキの元へ。
コーヒーと一緒に持っていくと、少し疲れていた顔が少しだけ明るくなった、ケーキとかの美味しいものっていうか、そういうもののすごいところは、見ただけで人を和ませるところだ。
そんな人の顔を見るのが好きで、ほんの少しだけ、こういうものを作るのがうまくなった。
すい、とフォンダンショコラにスプーンを入れると、とろりとチョコが溶けだしてくる。温めすぎもいけないし、そもそも焼きすぎるとこうはならない。
うん。上出来だ。
その様子を1通り楽しんだらしいフブキは、器用にホイップをつけて、一緒に口に運んでいた。
一口食べれば、肩の力が抜けたようだった。
ゆっくりとした動作でコーヒーを飲むと、ついには
小さく「ふう」と息をついた。
「おつかれさま」
言えば、力なく笑っている。
「ありがとう」
もっといろいろ世話を焼きたくなるが、あまりやりすぎても居心地が悪くなるだろう。
私もコーヒーを入れてきて、一緒に食べることにする。
「また、料理上手になったんじゃない?」
「ひまがあればやってるもの。それに、どうせなら美味しい方が嬉しいじゃない」
加えて、家を喫茶店かなにかと間違えている姉妹もいる。
それは言わなかったが、フブキはきっとなんとなくわかっているのだろう。もう1度、「それでも、ありがとう」と口にした。
「なまえ」
「ん?」
「……ううん、なんでもない」
「そう?」
なにか言いたそうだけれど、私は、なんでもないような、世間話を口にする。
どうか彼女が救われますように。
私がすくい上げることはできなくても、どうか、どうか。
「フブキ、口紅変えた?」
「え? わかる?」
「うん。綺麗だから。どこのメーカーのやつなの?」
「今、CMしてるじゃない、A級のアマイマスクとあの新人女優の」
「あー、あれね! 私も買ってみようかなあ」
「そうね、なまえなら……どんな色がいいかしら…………」
「そんなにたくさん色あるんだっけ」
「そうなの。私もすごく悩んだのよ」
「そっか。悩んだだけあるなあ」
からからと笑っていると、フブキがふとこちらを見る。
「なまえ」
呼ばれる名前はためらいがちに、けれどなにか決意を秘めたような声。
私はその先の言葉をおとなしく待つ。
いつものことだ。
いつものことだが。
「……やっぱり、なんでもないわ。食べたら行きましょ」
「ん? どこに?」
「口紅買うんでしょ? 選んであげるわよ」
その先に続く言葉を聞いたことがない。
でも、私はその先に続く言葉は何か、なんとなくわかっているような気がする。
彼女がそれをためらう理由も、彼女もそれを言おうとする理由も。
「思い立ったら吉日だねえ」
「? 貴方が欲しいって言ったんじゃない」
「そうだね。ついでにいろいろ見てもいい?」
「もちろんいいわよ」
ある休日。
妹の話。
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20160402:落ち込むことの多そうな妹。