「ごめんなさい、愛しています」/無免ライダー


目を覚ますと、そこには変わらずにいつも綺麗な切花と、綺麗にされた部屋。
新しい飲み物がおいてある。
頭が、ぼうっとする。

「なまえ?」

呼ばれる名前に、どうにか首を動かす。

「………」
「起きたのかい?」
「うん」

返事をすると、そっと抱きしめられる。
また、目を覚ましてしまったのか。
また、こうして彼の腕に抱かれるのか。
白い病室、もう長いこと占拠していて、まるで自室のようだ。
ふとカレンダーを見ると、眠ったと記憶している日から一ヶ月もたっていた。
いつものことだが、今回は少しだけ、長かった。

「なにか食べる? それとも、どこかへ行く?」
「……」

はじめのうちは、どこか行くのは明日で、なんて、うっかり答えてしまっていたけれど、もう言わなくなった。
彼はす、と私を離してにこりと微笑む。
ただただ、目を覚ましたことを喜んでくれている。
どこをどうさがしたって怒っているとか悲しそうとかそんな色は見えなかった。

「そう、ね……、なにか、ある?」
「ちょうどりんごがあるよ」
「じゃあ、それを」
「わかった。ちょっと待ってね」
「ありがとう」

横になると、また眠ってしまいそうで、ベッドの端に座って彼の後ろ姿を見ていた。

「いやあ、それにしてもラッキーだったよ。ちょうど起きた時にいられて。なんとなく、今日起きるんじゃないかって気がしたんだ。まあ、外れることの方が多いけれど」

彼はたくさん話をしてくれる。
でも、どうにもヒーローとしての彼は怪我ばかりしているらしい。相変わらずC級なんだとか。ヒーロー友達ができたとか。梅の花が咲いていたとか。近所の犬に子供が生まれたとか。模様替えをしたとか。いろいろ、いろいろ。

「ねえ」
「ん?」
「助けた人の話を、聞かせて欲しい」
「え、そんなに大した話はないけど……」
「部屋の模様替えの話よりは、大した話だと思うわ」
「はは、それはたしかに」

ああ。
うん。

「それなら、この前階段でー」

こっちのほうが、ずっと楽しそうだ。
私がふっと力を抜くと、話すのをやめて、顔を赤くしていた。
照れたように自分の頭に触れて、こちらへ近付く。
りんごはうさぎになっていたが、それはくれなくて、再び軽く抱きしめられた。
数秒後に離れると名残惜しそうに額にキスをされた。
ただただ、幸せだというような、そんな表情を真っ直ぐに見上げる。
今日眠ったら、確実に明日は起きないし、今日眠ったら、もう一生起きないかもしれない。

「りんごたべていい?」
「あっ、ごめんね。どうぞ」
「ありがとう」
「うん」

「ごめんね、早く忘れられるといいわね」と、それは嘘ではなかったのだけれど、割と本気でそう思って、ポツリと言ってみたことがある。
信じられないくらいに怒られて、泣かれたので、私はもう一度「ごめん」と謝るはめになり、謝っても、彼は泣いていた。
思うに、「ありがとう」と言って欲しかったんだろうが、それに関してだけは未だに何を言うべきか迷う。
私は、私のことはいい。
けれど、この人が泣いたら、つぎの日、それに気付く人はいるのだろうか。
あのヒーロースーツでは、いくら目がはれていてもわからない。
また、無免ライダーとして、変わらずヒーローをするのだろう。

「大丈夫?」

とは、私の言葉だ。

「ん? 僕は大丈夫だよ、き」

君は? と続く言葉を遮って言う。

「無理してない?」

弱音を吐いてもいい。
愚痴を言ってもいい。
でも、きいたことがない、そんな言葉は。

「今日はあったかいみたいだけど、体とか、気を付けて」
「……ありがとう。君は?」
「私はいいのよ」
「僕だっていいんだ」

でも。
それはきっと私も。
言ったことがないのだと思う。
言ったらきっと慰めてくれるだろう、そうしたら、生きたくなって、いらないこともいろいろ言ってしまうだろうから。
彼まで巻き添えにしてしまうだろうから。
最も、巻き添えにして欲しいという気持ちも、わからなくはないのだけれど。
そうしたい、気持ちもあるけれど。
そうしたくない気持ちの方が大きかった。

「ところで、なまえ。今日は渡したいものがあるんだ」

明日はない。
次も、あるかどうかわからない。
そんな私は、せめて静かに、たったひとりで。

「受け取って欲しい」

ぽかんとしている間に彼は左手をとって、その薬指に。

「うん、ぴったりだね。なんて、ほんとは寝ている時にサイズをはかったからなんだけど」

きら、と光るそれは指輪というやつで。
言葉が。
一つも出てこない。
ただ、左手の人差し指を見つめていた。
降ってくる声はただひとつ。

「君は、明日死ぬかもしれないなんて言うけど、そんなの僕も同じでさ。君じゃない誰かを守って死ぬかもしれない。だからね、」

ゆっくり、ゆっくりと顔を上げる。

「これは僕のわがままなんだ」

どうしてそんなに綺麗な顔で笑うのだろう。
少し照れて赤くなる頬に、伺うような優しさ。
同じなんかじゃない。
君の方がずっと尊い。
こんな、寝たきりの人間じゃなくて。
こんな、わがままな人間じゃなくて。

「明日、どこかの悪に殺されてしまっても、君がひとりにならないように」

それは。
こっちのセリフだ。

「僕が後悔しないように、僕と、結婚して下さい」

まっすぐ前が見られない。
優しいことばかり言う。
好き勝手なことばかり言う。
私は明日死んでも後悔しないために、なにをするべきだろう。
今を、どう過ごすべきだろう。

「なまえ」

不安に違いない。
強がりに違いない。
それはすべて、私にも言えること。
何を言うべきなのだろう。
ぼろぼろと流れ続ける涙はなんで、この熱いくらいの気持ちはなに?
いうべき言葉は。
いや、そうじゃない。
言いたい言葉は。
ぎゅっと手を握りしめて、口を開く。
こんなことまでするんならもう、私も彼も覚悟を決めるしかない。
声は、彼にどう届いただろうか。


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20160323:無免ライダーほんと無免ライダー
 
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