君だってヒーロー/サイタマ


テレビで、あまりなまえをみることがなくなった。
それは、人気がなくなったとか悪いことをしたとかそういうんじゃなくて、なまえはただ、最近忙しくしているらしかった。
言葉の通り世界中を飛び回って活動をしている。
ヒーローではないが、ランクがあってもどのくらいかわからないが、それでも、やはりなまえはヒーローなのだ。
なまえは、ある会社の社長だ。
高校の時は、「人の役に立つ仕事がしたい」だなんてぼんやりとしたものだったけれど、こういう風に形にしたのかと感心するばかりだ。
確か喧嘩も強かったと記憶している。
プロヒーローになる、とはならなかったようだ。
俺は、それについても聞いてみたことがあるけれど、「そういうヒーローにはサイタマがなったから」とのことだった。
ついでに言えば、「理想のヒーローだから、そっちは勝手に任せてる」と笑っていた。
これは惚気である。
その日はたまたまテレビに出ていて、生放送で、何かインタビューを受けている。
それを眺める、俺と。

「先生? その女社長が気になるのですか?」
「え、なんで?」
「あ、いえ、何をしていても、この女が出ていると、テレビを見ていらっしゃるような気がしたので」
「マジで? まあ、そうかもな」
「……はっ!? もしかして、お知り合いですか」
「おう、高校の同級生だ」
「なんと! この方は先生のご学友でしたか……!!」

ノートにすごい勢いでメモを取り始める。
そう。
それだけじゃないんだけど。
俺となまえは、まあ、有り体に言うと恋人のようなものだ。
なまえは忙しくしていて、滅多に会えず、髪が抜け落ちてから、1度か2度、くらい、会えただろうか、会いたい、と気軽に言える相手でもない。
海外にいることもよくある。
ただ。
この日は。
綺麗に化粧をしていて、男の俺から見てもかっこよくスーツを着こなしていた。
話す声も変わっていなくて、笑う顔をもっと近くで見たいと思った。
なまえは、1日暇ができると会いに来てくれたりするけれど、俺からは行けないし、そんな時に限って日本にいないのだ。
つまり、なんだか無性に、なまえに会いたかった。

「先生? どうかされましたか?」
「いや、久しくあってないなと思ってさ」
「この方にですか?」
「そう。やっぱ忙しそうだもんな」

なまえは、ボランティアというか、そういうのを積極的にやっていて、よく自慢のスーツの袖をこれでもかというほどめくって、泥だらけになって外国の子供たちと泥まみれになっている写真なんかが映されたりする。
な。
ヒーローだろ?
ジェノスも、俺よりなまえについて行った方が勉強になることも多そうだ。

「? 会いに行かれたらいいのでは?」
「いやこれ、どう見ても忙しそうだろ」
「連絡先などご存知ないのですか」

ちゃ、と携帯を構えてそんなことを言う。
電話番号……、そういえばこのへんの棚にしまったようなそうでないような。
がさがさと棚を漁り始めると、程なく棚の中から小さな紙切れを見つける。
これだ。

「っていや、でも、流石に今は」
「どうぞ」
「どうぞって」
「出ないだけですよ、もしも、本当に忙しいのなら」
「いやいやいや」
「俺がかけましょうか?」
「なんでだよ」
「ではどうぞ」

受け取ってしまった。
しかしまあ、ジェノスの言う通りだ。
こんなときに、電話に出るはずなんかない。
知らない番号のはずだし、生放送中なのだから。
どうせ砕けるしかない行為だ。
うん。
俺は、すべてのボタンを押し終えると、番号が間違っていないことをジェノスと確認して、最後のボタンを押す。
コール音。
キングではないが、心臓の音がひどくうるさくて、ジェノスにも聞こえてしまいそうだ。
画面の向こうのなまえが、携帯を取り出す。
少し周囲の人に何か言って、
電話を。

『もしもし?』
「あ、俺だけど」
『うん、どうかしたの?』

声が近い。
まだ、緊張している。
今更緊張するよう仲でもないのに。
なまえは、画面の向こう側で首をかしげていた。
不思議そう、というよりは、こちらを案じているような。
なんだか少し、なまえに悪いなと思った。
俺は、お前の様子がわかるのに。

『大丈夫? なにかあった?』
「いや、あのさ」
『うん』

ほんの少しの悪戯心からだ。
けど、それが背中を押してくれて、俺は一番伝えたいことを素直に口にすることが出来た。

「会いたいなと、思ってさ」
『へ、』

きょとんとする報道陣そっちのけで、なまえは少しほうけた後。
それはそれは、見ているこっちが恥ずかしくなるような顔で微笑んだ。
あ、しまった、これ、全国放送なのに。
そこまでは考えられていなかった。
こんな顔もするって、わざわざ教えてやるようなこと。
けれど。
なまえは、幸せそうだった。

『うん、じゃあたぶん、今日、30分くらいならなんとかなるから』
「……マジで? いや、言ってみるもんだな……」
『ありがとう。またね』

ぷつ、と電話が切れてしまう。
ジェノスが、こちらを見ているので、携帯を返してやって、一言。

「サンキュー」

「はい!」と、それはもう大きな声の返事が返ってきた。
いつくる、とは言っていなかったが、今すぐには無理だろう。
買出しへ行って、なにか作って待っていることにしよう。
掃除もしなければ。
あとは、しかたがないからジェノスのことも紹介してやるか。


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20160321:大好きな人が強くて心配(お互いに)みたいな話
 
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