「うーん、かわいい」/空却


 波羅夷空却くんが家に居る。呼んだのは私だ。手の込んだタイプのカレーを作ったので食べに来ないかと誘ったら、秒で来た。チキンカレーだ。家に来るなり鼻をすんすんと動かして「カレーの匂いがすんな」と言った。「スパイスの匂いだね」こちらへ寄ってきたのでスパイスの入った容器を開ける。テレビもつけていないし音楽もかけていないからとても静かで、空却くんの声がよく響く。
「これだけでカレーだな」
 粉をつまんで舐めて変な顔をしていた。ターメリックとクミン、コリアンダーを混ぜたやつだ。
「味はカレーじゃねえ」
「うん」
 思いついたことを思いついたままやっているという感じが面白くて笑ってしまった。空却くんはムッとして「腹減った」と言う。
「食べよう」
 作りすぎた、と思ったのに、空却くんは二杯おかわりして、全て食べてしまった。「普段は食わねえ味がする」と、まるでカレーと勝負でもしているみたいに、カレーだけを見ながら食べていた。私は早々に食べ終えて、空却くんを眺めている。
「ごっそさん」
 手を合わせる姿が綺麗だった。「お粗末さまでした」「うまかった」「それならよかった」お茶を飲むとすぐに片付けまでしてくれた。スカジャンの袖を捲って、食器を洗う。
「いいのに」
「もうやっちまった」
 水を止めてタオルで手を拭く。振り返った彼はなにか言いたそうな顔をしていた。「ん?」どうかしたのか、と聞いてみる。
「今日、なんで呼んだ?」
「一緒にカレーが食べたいと思って」
「拙僧と」
「そうだね。もっと言うと、空却くんに会いたいと思って」
「ふーん」
 声は感情を押えているが、嫌がられているという感じでは無い。立ち上がって頭を撫でる。猫みたいに、されるがままに撫でられていた。綺麗な赤色だ。「なまえ」「うん?」「……」彼は私に言いたいことが随分沢山あるようで、しかし、言葉にするのは難しいらしい。場を和ませようと頬を摘むと怒られた。
「オイ、触んならもっと丁寧に触りやがれ」
「そうだね」
 ぴとりと頬に手を添わせると、空却くんにじっと見下ろされる。私の手の上に彼の手が重なった。言いたいことも沢山なら、やりたいことも沢山あるようだけれど。そのどちらも上手く出力できない、という、悩ましい感じが眉間にシワを作っている。
「空却くんはかわいい」
「かわいいはやめろっつってんだろ」
 さっきまで水を触っていたから、指先は冷たい。けれど、頬はびっくりするくらい熱い。耳まで赤くて、つけているピアスまであたたかいのではと思って触ってみた。温度はわからないが空却くんはぴくりと体を震わせる。
「こんなになる前に遊びに来ていいのに」
「お前がいねえんだろ。いつも」
「そうだね。久しぶりだね」
 休み自体がかなり久しぶりだ。ナゴヤにいることもあまりない。だから今日は、久しぶりの休みにテンションが上がって料理なんてしたのだけれど。
「他のやつじゃなくて良かったのか」
「珍しく弱気だ」
「茶化すんじゃねえよ」
「休みの日に、恋人を家に呼ぶのはおかしいかな」
「おかしくはないけどな」
 空却くんは、その驚きの真っ直ぐさと前向きさで私を口説き落としたくせに、恋人になれたらなれたで不安なようで、年下の男の子らしく緊張したりしている。それが私には、とてもかわいく見えて、付き合ってからこんな顔を見せるなんて大変な男の子だなあといつも思う。
「久しぶりだったから、私も少し緊張した」
「あー」
「どういう感情の声?」
「納得した。これは緊張だ。お前がらしくもなく拙僧を呼びつけやがるから、なんか、あんじゃねえかってな」
 今気がついたのか。彼はずっと、なんなら今日電話をして、一言喋った瞬間から緊張していた。「なんかって?」彼は答えなかった。たぶんよくない想像をしていたのだろう。彼の手を両手で握って言う。恋人を不安にさせるのは良くない。
「私は多分、空却くんが思うより、空却くんを好きだよ」
「証拠は」
「難しいこと言うね」
 それは神様がいることに証拠を示せと言うのと同じだ。しかし、私は彼が経を読む姿を一度だけ見た事がある。その姿を思い出しながら、改めて彼の正面に立つ。彼の手を離して、頬に手を添える。これは形式化されたものではないが、できる限り丁寧にした。顔を寄せて、少し角度をつけると唇同士をくっつける。僅かに残ったリップが密着度を高めて、唇の端から真ん中に向かって離れていくのがよくわかった。
「どうだろう?」
 空却くんの目はいつにも増してキラキラしている。ちゃんと伝わったようで何よりだ。私の体から力が抜けるのがわかったのか、彼は慌てて声を出した。
「足んねえよ」
「これ以上やったら死にそうって顔してるけど」
「してねえ」
 お茶をもう一杯いれようか。それとも、何かデザートを作ろうか。とりあえずお湯を沸かすためにポットに水を入れていると、ぐいぐいと服を引っ張られる。
「オイ、もう一回」
 ポットをセットすると緩く手を広げる。
「どうぞ」
「どうぞじゃねえよ」
 私からしろと要求されている。「好きにしていいのに」空却くんは「あのな」と、途端、私より年上になったみたいに話し始める。私がさっき空却くんにしたように頬を摘む。
「いいか。拙僧は、からかわれてやってんだ」
「そうだね」
「仕方ねえから、引き続きからかわれてやる」
「からかってるつもりはないけどね」
「なら、なんだよ」
「かわいがってる」
 空却くんかわいいから。彼はまた複雑そうに眉間に皺を増やしていたが、私の手を掴んで自分の頭の上に乗せた。思ったよりも控えめで助かっている。進むスピードが緩やかで、安心もしていた。
「なら、かわいがられてやってんだ」
 彼の言うことも間違いでは無い。そのうちきっと彼にも余裕が出てきて、彼の方がリードするようになって、私の方が欲しがる側になってしまうのだろう。それにしたってかわいいので、もう一度頬にキスをした。彼の掌は私を引き寄せるべきか突き放すべきか迷って空中に浮いていた。


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20221205:糖度30%くらい

 




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