空却と幼馴染+1


 お互い顔を見れば大体のことはわかる。言葉の裏や、表情の裏、本当はどうしたいかまでわかる。大袈裟ではなくわかるのである。長く一緒に暮らして来たから、というのも理由の一つではあるが、やはり、わかりたいと願ってきたからわかるのだろうと、拙僧はそう、考えている。
 ナゴヤへ帰ると、なまえは「先に帰ってる」なんて言った癖に空厳寺を出て一人暮らしをはじめていた。成績が良い為大学の寮の費用などいろいろ免除になるそうだ。だからと言って出て行く必要があるとは思えないが、なまえにとっては必要なことだったのだろう。元々、早く自立したいと、周りに心配をかけないことに重きを置いて生きている奴だった。姿が見えなければ見えないで心配するのだということはわからないようだから、まだまだだ。
 そういう生活になって随分経過したが、拙僧は相変わらず朝起きるとなまえを探している。探している、と気付くと無駄に視線を動かすのをやめるのだけれど、一度クソ親父に笑われた。曰く、なまえもよく同じようにしていたらしい。あいつの感じた寂しさみたいなものを追体験しているわけだ。拙僧がどんな思いで、なまえをイケブクロに誘わなかったと思っているんだか。神様はつくづく人間に試練を与えるのが好きだ。
 時間が出来ると外へ出てふらふらと散歩をする。普段は獄の事務所へ行ってみたり、十四の遊びに付き合ったりするが、今日は目的もなく寺の近くを歩く。人通りはなく、静かなものだ。遠くで鳥の鳴く声がする。こうやってふらふらしているのは、そうしたいと思ったからそうしているが、そうするべき、という誰かの意思を受け取ったからかもしれなかった。同じようにふらふらしているなまえを見つけたので、余計にそう思う。
「あ、空」
「なんだよ、サボりか?」
「ううん。散歩。すぐに戻るんだけどね」
 顔を見れば、大抵のことはわかる。ああきっとなにかあったな、と思うけれど、なまえは言おうとしない。聞いてやるべきか、否か。誰にともなく問う。「空」なまえが短く拙僧を呼ぶ。「おう」呼ばれたから返事をした。形としてはそうだけれど、こいつは今、拙僧に『許可』を求めていた。「ちょっといいか」中身まではわからないが、なにかを求められたことはわかる。だから「いいぜ」と許可してやった。なまえは拙僧と距離を詰めて、拙僧の背に手を回す。緩く抱き付かれて、ちょっと、いや、大分驚いた。それと同時に心配になる。こいつは拙僧が思ったよりも弱っているのかもしれない。となると、弱らせたなにかがあるはずで。もし、なまえが望むのならば。――なまえはゆっくり息を吸い込んで、そしてさらにゆっくり、音がしないくらい少量ずつ息を吐き出した。全て吐ききるとパッと離れて、笑う。
「ありがとう」
 さっきよりも顔色がいい。
「もう大丈夫」
 きっとなにかあったのだ。なにかあったに違いないのに、なまえは何も言わないまま立ち向かう覚悟を決めてしまった。さっさと元来た道を戻って行く。学校へ戻るのだろう。振り返って手を振るので、拙僧も手を振り返す。抱きしめ返す暇もなかった。
「……拙僧は、全然大丈夫じゃねえけどな」
 そんなことでいいのか。それだけで。たった一息で満足か。いいや、なにをやっても満足なんてできやしない。それをお互いわかっているから、あれで丁度よかったのだろう。今日はきっとあいつに呼ばれていたのだ。その証拠に、もう散歩なんて気分ではない。一度戻って、滝にでも打たれに行くかな。


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20221127:強火同士の両想いで、お互い強火なことに自覚的なイメージ

 




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