なにをしているんだ。この男は。
勝手に人の部屋に忍び込んで、勝手にベッドで爆睡している。玄関の鍵が開いたままになっていたのは、私が締め忘れたんだったか、この男が鍵を持っていたんだったか。いや、付き合いだけは長いが鍵を渡すような仲であったことはない。きっと鍵をかけ忘れたのだろう。
私は彼、レオーネ・アバッキオが警察官になる前からの友人である。が、彼がこうして無遠慮に部屋にあがり込んで来るようになったのは彼が警察でなくなった後くらいからだ。はじめはそれはもう驚いたものだが、定期的に起こるイベントなので慣れてしまった。決まって爆睡しているから、この場所と彼の相性がいいのだろう。と、思っている。
私が多少元音を立てたくらいでは起きないので、仕方がないからソファで眠った。彼がベッドを占領する日より、疲れ果ててここで寝る日の方が多いから、慣れたものである。
慣れてはいるがまあ、快適という程でもない。起き上がると肩を回して大きく伸びをした。一瞬なんでこんなところで寝ていたのか考えたが、そういえばアバッキオが来ていたんだったと思い出した。顔を洗って着替えると、朝食の準備をする。なにか栄養のあるものを食わせたほうがいいんだろうな。昨日買ったばかりのトマトを手に取る。サーモンは、とっておきだったが。考えているとようやく起きて来たアバッキオがキッチンの入口でぼんやりと立っていた。
「おはよう」
「……おはよう」
勝手にあがり込んで勝手に寝ていたくせに、バツが悪そうに目を泳がせて「シャワー借りてもいいか」と言った。私はあいている手をピッピと振って追い払うように、あるいは、何をそんなに気にしているのかわからないという風に振舞った。
「無断でベッド借りた男が何を言ってるんだ」
こうすると彼はあからさまにほっとして「今は家主がいるからな」などと笑う。なにを思って、とは思うし、聞きたくないわけではないが、興味がなさそうにすると安堵するので放置してやっている。害はないのだ。今日はなにもないがワインや菓子を買って来ることもある。一応自分が常識から外れたことをしていると理解しているようで、それを容認する私というのは有難がられているようだった。
朝食作りがあらかた終わったあたりで、アバッキオが戻って来た。タオルや服などは勝手に選んで使ったらしい。「うわ、ちょっと」使ったと思うのだが、長い髪の先からぽたぽたと水滴が落ちている。
「正気か!」
アバッキオは眉間に皺を寄せて「うるせえな」とわかりやすい顔をする。うるせえじゃないんだ。「あーあー子どもか!?」子どもだってもう少しちゃんと拭かないと不快であると知っているだろうに。ほとんど洗ったままみたいな状態で突っ立っている。腕を引っ張って椅子に座らせて、干してあったタオルを手に取り水気を吸わせる。
「こんなんじゃ風邪引く」
どの程度丁寧にしてやればいいかわからないので、水が垂れてこないようにして、タオルで髪をまとめておこうと思ったが、この調子だとこの男、その状態のまま外に出かねんなと、ドライヤーを持って来た。何も言ってこないので嫌ではないのだろう。七割くらい乾いたあたりで、アバッキオはぽつりと言った。
「風邪は、鬱陶しいよな」
「そうだよ」
咳は出るし鼻水は出るし、熱が出るかもしれないしひどくなったら動けなくなる。しかもそれが数日続く。「バカみたいだ」と私が言うと「そうだな」と返って来た。完全に乾かすのは面倒で、あとは自然に乾くに任せ、ドライヤーを仕舞った。私はこれで風邪をひいたことなどないし、彼もきっと大丈夫だ。アバッキオは私に適当に髪を乾かされた格好のままぼんやりとしている。
コースターの上にコーヒーを乗せる。コーヒーの香りがきっかけだったのだろう。彼はテーブルに並んだ朝食を前に、今、その感情に気が付いたという風に呟く。
「腹、へったな」
「それはよかった」
食べられるのは幸福なことで、食べて貰えるのであれば用意した甲斐があったというものだ。これはお節介であると自覚しているが、ここで「いらない」と言われたら殴っている。――殴ったことがあるような気がするが、あれはいつのことだったか。アバッキオは大人しく食べ始めた。サーモンも使ったブルスケッタである。かり、と焼き立てのパンに歯を立てる。
窓から朝日が差し込んでいて、部屋は明るい。足元のフローリングがやわらかく輝いている。天気がいい。外を鳥が飛んで行ったようで、部屋の中に影ができて、すぐに消えた。アバッキオは、ずっと前からここにいたみたいだ。違和感がないのはいいが、元気がないのはいつも気になる。
「これ、美味しくない?」
「オレは、もっとニンニクが効いててもいいんじゃねえかと」
「世界一美味い? ありがとう」
「会話する気ねえじゃあねえか」
「毎日食べたい? わかる」
「まあ、美味いよ」
「でしょうが」
「言わせておいておまえ……」
なんだか知らないが、荒れていた時、というのがあった。その時は会話をするのも一苦労だった。その時はどうしたんだったか忘れたが、それと比べたら元気そうではある。律儀に返事をするアバッキオの様子にいくらか安心し、コーヒーを飲む。目が覚めるように苦めで、すっきりした味わいになるように調整した。うまくできていて「天才の仕事だ」と自分を褒めた。アバッキオは私が一人で楽しそうなのを見て、たぶん笑った。
「なあ」
「うん?」
「後でよお、口紅貸してくれや」
「貸さなくても君が置いてったやつがあるよ」
「そうだったか?」
「その服だって置いてったやつでしょうが」
置いてある場所だって知っているはずだ。アバッキオのものはひとまとめにしてある。食べ終わったので食器を重ねて流しへ持っていく。
「……男できたらちゃんと処分しろよ」
「これが原因で破局するようなことがあればセキニンを取ってもらうからいい」
洗い物をはじめると、アバッキオは呆れ返ったような声で言った。
「オレよォ、あんたのそういうところ、マジで心配だぜ」
「この野郎」
呆れ返ったような、わずかに楽しそうな声だ。一度振り返って睨んだが、これ以上見ていると私の目が気になって笑うこともできなかろうと視線を手元へ戻す。水の流れる音と、食器の擦れる音。それから、大変微かに歌が聞こえている。


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20220424:甘やかしている
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