「いいか。なまえ。どれだけ腹が立ったとしても、絶対にあいつをぶん殴ったりすんなよ。絶対にだ! わかったか!」
ジョセフはそう言って私の鼻先に指を突きつけた。ついでに鼻の頭をぐにぐにと押された。殴りたいと思うことはないではない。「殴らないよ」「大丈夫だから」と何度も言って、ようやくジョセフは去って行った。「絶対だからな!」「はいはい」ひらひらと手を振り、見えなくなるまで見送った。よし、戻ってこないな。
「やあ、ご機嫌いかがかな」
ーーと、思ったら、入れ替わりでシーザーがやって来た。彼は私を見下ろして目をキラキラさせている。いつも通りだ。スピードワゴンさんがジョナサンさんやエリナさん、ジョセフのことを話す時に似ている。
「今日こそお茶をどうかな」
はじめて会ったのはいつだったか。リサリサさんのところに彼が来た時、まさかこんなことになるなんて予測もできなかった。彼は私を嫌っていたと思うのだが。いや、この際それはいいけれど、予測できていたって、回避はできなかっただろう。私はじっとシーザー・A・ツェペリを見上げる。
「なまえ?」
幼馴染のジョセフ・ジョースターは「あとはなんとかしろよ」と雑なことを言っていた。なんとかとは。あとは。とは。彼が求めていることとは。私が何を言ってもどういう顔をしても異常に楽しそうにしている彼に、これ以上求めるものがあるのかどうか。これで充分なのでは、と思う。彼の目的は私がなにか反応を返すことにしかないのでは。だから、殴るな、なのか。
彼の言葉を聞き流しつつぼんやりしていると、突然、シーザーがかがんで私にキスをした。びっくりしている間に舌を入れられそうになって思わず引っ叩いた。「あ」彼は衝撃で仰け反った。しまった。やりすぎた。いや、わからない。ファーストキスであったことを考えると、もう二、三発は許されるかも。私は一度拳を握り直したが、シーザーが仰け反った格好のまま動かなくなったので追撃はやめておくことにした。
「ごめん」
「いや、俺が悪かったんだ」
ジョセフがこの場に居たら「オーノー!」と叫ぶに違いない。彼の感情表現はオーバーだが、大抵の場合正しい。時折、私があまり感情を表に出さないせいで、二人分のリアクションをしてくれているのでは、と思うことがある。幼馴染のことを考えていたらいくらか落ち着いて、当初の予定通りにシーザーに言葉をかけることができた。
「どんな理由であっても、先に手を出した私が悪い」
「君のそういうところがすごく好きだ」
「そうですか」
なんの感情も籠らない「そうですか」であったが、シーザーにとってはどうでもいいのか「そうなんだ」と目を細める。やわらかく滲む緑色は多分に光を含んでいた。「なあ、それならば、というのも烏滸がましいとは思うんだが、君がもし、オレに対して何か思う所があるのだとしたら、いい案があるんだ」ええっと。シーザーの言葉が滑ってしまって入ってこない。たぶん、また、お茶はどうかと誘われた。
「……」
「どうだろうか」
おまえがのうっかりでなくなったファーストキスのことはどうなった。
ジョセフはわからないが、スピードワゴンさんなら怒ってくれるんじゃないかと思うと、両目から涙があふれた。シーザーはぎょっとして慌てている。泣いている本人も驚いているから、彼が驚くのも無理はない。
「ど、どうしたんだ。大丈夫か?」
大丈夫だ。大丈夫なのだが。「あー」シャツの袖に涙を吸わせたがとめどなく溢れて来る。整理がつかない。今すぐに涙を止めるのは無理だ。仕方がないので、涙を拭うのはやめてしまった。シーザーは私に触れようと手を伸ばしては引っ込めて、というのを繰り返している。
「ごめん、気にしないで」
「お、オレのせい、か」
「いや。むしろごめん、ええと、お茶だっけ」
「えっ!? いや、いいのか、じゃなくて、お茶は、したいが。今日は、その、やめておこう。そうだ。そうしよう。その方が良い。部屋の前まで送るから、ゆっくり休んでくれ。調子が、悪そうだ」
軽んじられた、と思ったから泣いているのだろうか。その線は濃厚だ。だが、それはつまり、もっと尊重されていると思っていたのだ。期待通りではなかったことに、勝手にショックを受けている、のか? 可能性は無くはない。
真っすぐに自分の部屋へ向かう。少し後ろをシーザーがついてきている気配があった。振り返ると大きな体を震わせて不安そうにしている。気にしないで欲しい。泣いているだけだ。部屋の前まで送ってくれたシーザーに言った。
「ありがとう」
「どう、いたしまして……?」
ベッドに倒れ込む。少し眠ると、幼い私がベッドの傍らに立って私を見ている夢を見た。責められているような気もしたし、心配されているだけのような気もした。


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20220630:がんばれ
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