またやってやがるな、と立ち止まった。どうしたものか。シーザーちゃんが修行の合間にオレの幼馴染を口説いている。しかもかなり強引に。明らかに逃げ腰の女の退路を塞ぐように壁に手をついて近いのなんの。
「どうだろう、少し時間があるんだが、オレの部屋でお茶でも飲まないか。こんなところで立ち話というのもアレだろう? 決してやましい気持ちで誘うわけではないんだ。二人きりで海でも眺めながら、なんなら一緒にいてくれるだけでいい」
目をキラキラさせて迫る姿は、はじめて会った時のそれとは違い余裕がなく、オレにもなまえにも『ガチ』だとわかる。幼馴染とは言え、なまえとオレは兄妹のようにして育った。そのあたりの女とは一味も二味も違う。シーザーはそういうところに目を付けたのだろうけれど、それは大変にお目が高いと言うところなのだけれど、なまえはフツーに困っていた。
「……ごめん」
困っているが、本気とわかっているせいでものすごーく心苦しそうである。そこがオレにとっても悩ましいところだ。なまえが困っている姿はレアだし、シーザーちゃんの様子も愉快なのではじめの内こそ面白がっていたが、最近はちょっと考えるようになってきた。なまえは全速で逃げ出しシーザーを廊下に残して行った。しかたがない。幼馴染の為に一言注意くらいはしてやるか。「ちょっとちょっと、シーザーちゃん?」シーザーの横側から顔を覗き込むようにする。――関わらなきゃよかった。なんでフラれたのにこんなに嬉しそうなんだ。
「ん、ああ、ジョジョか」
「いや、ゴホン、あー、あのですねえ」
オレは親切心で声をかけたことを後悔している。この先を言葉にすることも大変に気が進まないのだが、なまえの困り顔を思い出してなんとか、本当になんとか注意してみる。絶対にロクな話にならない。オレにはわかる。
「もうちょいその、フツーに接したらさァ、なまえだってあんなに困らないと思うんだけど、そこんとこどーなの?」
ここで「フツーだと思うが」とか「つい彼女を前にすると」とかって言葉が出るならまだいい。それならわからんこともない。オレは祈るような気持ちでシーザーの返事を待つ。
「嫌がられてるのはもちろんわかるんだが、その」
この時点で駄目だとわかる。シーザーは照れた様子で頬を掻く。
「困ってくれるのが、嬉しくてな……」
フツーに声をかける。フツーに隣を歩く。そういうことでは物足りなくなってしまったのか、なまえのガードがあまりに堅いからおかしくなったのか。この際原因はなんでもいい。
「……ちょっと歪んでなーい?」
「自分でもそう思う」
なにもかも自覚してやっている、というのが問題だ。ただ本気であるだけならば、オレももっとフツーに応援できるってのに。なまえに「ぶっちゃけどう思ってんの?」と(まだ事態がこんなに深刻でなかった時に)聞いてみたことがあったが、なまえは「正直怖い」と溜息を吐いていた。その時は「ふーん」と適当にしていたが、今、なまえの恐怖が実感としてわかった。
「オレでも怖いっての! ぶん殴られるの待ってたりしねーだろうなあ!?」
「すごいな、なんでわかった?」
「オーマイガーッ!」
鳥肌が立った。まずい。間違ってもキレて半殺しにしたりしねえように言っとかねえと。
「本格的に嫌われても知らねーからな!」
「大丈夫だ。彼女は人を嫌いになんてならない」
妙に誇らし気に言い切った。まあ、そうなんだけどさァ。そうなんだが、そこに付け込んで困らせるっていうのは、愛情表現として如何なものか。なまえの嫌そうな顔が目に浮かぶ。嫌ったり憎んだりはないだろうが、そのやり方ではなまえは絶対に首を縦には振らない。初恋がスピードワゴンの女である。手に負えなくなってきた。誰か助けてくれ。考えていると、シーザーが真面目腐った顔で頷いた。
「だが、そうだな。謝りに行くのはいいアイデアかもしれない」
「ダメダメダメッ! そんなんされたらあいつは許すしかねーんだからッ!」
「いいや、行く」
ここまで来たら今日のところはどうにか止めるしかない。そしてどうにか、どうにかこのおかしな愛情表現をやめさせなければ。なまえがうっかりシーザーをぶん殴って新たな扉を開く前にッ!
「行くなって! なまえちゃんのお気に入りの下着の色教えてやるから行くな!」
「オイ待て、なんでそんなもの知ってるんだ! 覗いたのか! いやおまえまさか……!」
「そのまさかはねーけどな! とにかく行くなよ! なんならなまえの恥ずかしいエピソードとかもおまけしてやるよォ!」
「彼女を辱める気か!」
「メンドクセーな! どうせなら全部寄越せくらいのこと言いやがれ!」
「言えるかスカタン! そんなものをなあジョジョ! おまえの口から聞いてみろ! オレはおまえを殺すかもしれん!」
「やってらんねー! もういい! 人の恋路に首突っ込んだオレがバカだったぜッ! いいか! オレはもう! 金輪際! この件には関わらん!」
オレはなまえが逃げたのと同じ方向に逃げ出した。シーザーが追ってくるので、おそらく、今日はもうなまえに声をかける暇はないだろう。明日は、どうすっかなあ。別にオレが首を突っ込む必要はないんだが。いっそちょっと仲良くしてやったら落ち着くんじゃないだろうか。ちらりと後ろを振り返ると「待て! さっきの話だが!」と欲望全開で走って来るシーザーがいた。駄目だ。許されたら暴走する未来しか見えない。やはり、いくら面倒でもオレくらいはなまえの味方でいてやらなければ。
「いいか! 今日と明日はお気にの下着の色で我慢しろよ!」
「だからなんで知ってるんだ!」
「うるせー! 知りてーのか知りたくねーのかどっちだ!」
「知りたいに決まってるだろうが!」
「よしよく言った! いいか! あいつはなあ――!」
柄までしっかり教えてやると、シーザーの動きが止まった。よし。束の間の平和ではあるがゆっくりしてくれ。幼馴染よ。


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20220623:またおまえは…
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