なまえに会いたいな、と思った。果たして、なまえも同じ気持ちでいてくれるかどうかは知らない。彼女はとても不思議な人だ。ぼくに対してどういう感情を持てばいいかわからないなと思っているくせに、ぼくが近くへ行っても煩わしく思って拒んだりはしない。絶対にだ。挨拶をしたら挨拶を返すし、なにか贈り物をしたら贈り物を返す。当然そうする、という態度でありながら、しかし、ぼくのことをどう思えばいいのか、彼女の中で結論は出ていないのである。これはとても大変なことだと、ぼくは思っている。
会う度にそう思うのだが、学生の内はまだいい。彼女は大抵図書室にいるし、会おうと思えばいつだって会える。ただ、学校を卒業したらどうだろう。町の図書館には変わらず通うのだろうけれど。もしかしたら、簡単には会えなくなってしまうのかもしれない。いや、今だって、簡単に会っているわけではないが。それよりももっとだ。そんなことを考えていると、人混みを掻き分けてでも探し出して会いに行きたくなる。会えればいいのだ。「ジョルノ」と呼んでくれたらいい。ぼくが「やあ」と挨拶をしたら「うん」と返してくれたなら。それだけでいい。
たったそれだけを求めて、ぼくはふらりと外に出た。やらなければならない仕事は片付けてある。フーゴにだけ行先を告げた。日曜日のこの時間、彼女と会うには町の図書館へ行くのが一番だ。案の定、彼女は一人で膝に本を乗せて、大きな窓を背にして文字に視線を落としている。隣に座って、ぼくもまた本を開く。この時間もまたいいのだ。彼女はぼくに気付かずに本を読み続けている。この場合、集中が途切れるか本を読み終わるかすると「うわ」と声をあげて驚く。そのタイミングでぼくも顔を上げる。目が合うなり、彼女は心配そうに眉根を寄せて首を傾げた。
「……どうした?」
聞いてから、彼女はしまったという顔をした。聞くべきではなかったかもしれない。という後悔の色。ぼくは、まず「どうした?」なんて聞いてくる観察眼(あるいは直感だろうか)に驚かされたが、極めてなんでもないという顔で笑って見せた。
「なにもないよ」
「なにもない」
「うん」
「ふうん」
自分で聞いておいて、ぼくが本当に何か話しだしたら困っただろうに。ぼくが適当に誤魔化してあげても困っている。当たり障りのない返答にほっとしたらいいのか、誤魔化されたことに対して言及するべきなのか考えて、結局「まあいいか」とぼくに丸投げした。いつも通りだ。話したければ話してくれ。君がそうするのなら自分は覚悟を決めて話を聞く。そう雑に肝を据える彼女の姿はいつ見ても心強くて、それだけで全て聞いて貰ったような気持ちになる。
「君は? なにか変わったことは?」
「ああ」
いつもであれば、どこそこの新作のケーキが、とか。問題集の何ページ目に書いてあることが、とか。飼っている猫が、とか。そんな他愛のない話が飛び出すのだが、今日の彼女はじっと黙って「まあ、特にはない」とヘタクソすぎる嘘をついた。あまりに下手なので引っ掛かってあげることができなかった。
「本当に?」
「いや、うーん」
「なにかあった反応だ。それは」
いや、予感がしたというのもある。ぼくにとってとても都合の悪いことが起こっているような予感。だから問い詰めている。なまえはぼくをちらりと見てから、本の上に両肘をついて真正面を見つめた。息を吐く。
「誕生日のパーティに誘われた」
いつ。誰に。男か女か。学年は。どうして。なんだって君を誘ったんだ。彼女はわざわざ言いにくそうにしたので、聞かなくても大体わかる。「へえ」ぼくは彼女みたいに演技が下手ではない。だから動揺したことが彼女に伝わることはないだろう。
「行くの」
「人が多いのはあんまり得意じゃない」
知っている。友達も少人数だし、静かな場所が好きだ。「気が乗らないのなら」別に断ればいいんじゃないか。そもそも、行くべきじゃない。そう口走ってしまいそうだった。それは全てぼくの感情の話だ。彼女はそんな言葉を求めているわけではない。目を見ればわかる。困っているわけではないのだ。彼女の中で答えは出ている。
「けど、まあ、行くかな。頑張ってみようと思う」
「そう」
ニガテだから、と断るのは心苦しいのか、無難に乗り切れるように練習がしたいと思っているのか。なまえは「頑張ってみる」らしい。想像する。慣れない宴席で控えめに笑い、そんな彼女をそっとエスコートする誰かの姿を。
「ジョルノ……?」
メモに電話番号を書きなぐって、押し付けるように彼女に渡した。ああこんなことをしたら。きっと大変なのはぼくの方だ。電話が目に入る度に今日も鳴らなかったと思うことになる。その選択肢はないほうがいい。彼女にとっても。ぼくに頼るなんて選択肢はない方が。
「これを」
「なに?」
「もし、もしもなにかあったら、ここに連絡を」
なまえは紙をひっくり返したりしながら困っている。どういう風の吹き回しなのかと考えている。ばらばらと彼女に降らせた好意を、彼女はただ眺めて、踏まないようにだけ気をつけて進む。
「ありがとう……?」
「うん。今日はこれで」
「え、ああ」
逃げるように席を立った。本は適当なところに置いてさっさと歩く。なまえはいつも通りだった。ただ、年月が経過しただけ徐々に大人になっていく。当然のようにボーイフレンドなんてものにも興味があるのだろう。彼女は単純に生きるのが好きだから、きっと、まっすぐ好意を示されたら弱い。そこまでわかっていても、ぼくは彼女をこちら側にしてしまうことに抵抗があった。
「ジョルノ!」
彼女は走ってきてぼくの名前を呼んだ。そしてメモ用紙を渡す。図書館のカウンターでメモ用紙を貰ってきたらしい。番号が書かれている。ぼくが渡した番号とは違う。ぼくはそれがどこへ繋がる番号か知っているけれど、彼女から聞いた訳では無い。
「これ。まあ、ジョルノが私にわざわざ用事っていうのも、ないだろうけれど」
もらったから、返す。役に立てても立てなくても。ぼくはそれを受け取らない方がいい。彼女を巻き込むまいと思うなら。彼女はぼくの悩みなんて知らん顔で、ぼくがやったことをそのまま返してきた。
「ありがとう」
本当にもう。これだから。
「また、会おう」
「ん」
ひらりと手を振る彼女は言った。
「またね」


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20220522:数ある選択肢の一つ
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