「なんていうか。方向性を示せれば、と思ったんだけど」
海の近くで、この人は首からさげた携帯電話をいじりながら言った。
「慣れないことはするんじゃ無かったなあ」
言いながらもオレほど落ち込んでいる風ではない。そよそよと風に吹かれながら笑っている。オレは自己嫌悪でしばらく動けそうにない。あんなに言われたのに反射で喧嘩をしてしまった。
足元で膝を抱えるオレの頭をこの人の手が撫でている。
「ほら、今回は私もだし」
「オレが巻き込んだんだ」
「私も一緒に謝らないと」
「先に手を出したのはオレだし」
「私は携帯を携帯しなかった罪も」
「いつものことじゃんか」
「いやいや、これからはほら、ヒモを買ったし」
オレがため息をつくと、この人は「うーん」と遠くを見ながら考えていた。「だけど、ナランチャ」オレは地面をつつきながらあるかないかの反応を示す。この人にはきっとそれで伝わる。そう思ったのを見透かされたのか、小さく笑う声がした。
「ナランチャ、私は嬉しかったよ」
そして懐かしかった、と言葉が続いた。オレは頭を持ち上げてこの人を見上げた。頭を支えるように手のひらが触れている。
「私は物心ついた頃から喧嘩ばかりしていて」
「えっ」
「そりゃあもうおばーちゃんには厄介がられていた」
「おばーちゃん?」
「うん」
父親や母親は、と聞いていいものか迷っていると、結局声は出てこなかった。それにしても意外である。基本的には一人で静かにしているこの人が、喧嘩を買って暴れるなんて。
「だから、ずっと、いけないことだと、いいことなどひとつも無い性質なんだと思っていたけど」
とてもとても愉快そうに笑っている。オレの頭を撫でる手は細くて、どこにあんな力があるのかわからない。
「ありがとう。さっきのナランチャを見て、捨てたもんじゃないなって気がしてきた」
「どういうこと?」
「いいんだ。ブチャラティは怒るだろうけど、私は嬉しかったんだから」
「どういうことなのかちゃんと教えてくんなきゃわかんねーよ」
「そうだね」
「なにが?」
「そうだそうだ」
「だーかーらーっ!」
なにがどうしてオレはあんたをそんなに笑わせているんだよ。わからなかったら、次同じことをしようと思ってもできないじゃないか。ブツブツ文句を言い続ける。髪を梳く手のひらに不満が全て絡め取られて、どんどん勢いがなくなってきた。だからさ。オレは。ギャングとしてはさ。
「いいや。男としては、きっと正解だった」
「それって、男らしかったってこと?」
「そう。かなりかっこよかったね」
「ブチャラティと同じくらい?」
「下手をしたら、ブチャラティよりも?」
「それは嘘だよ」
「嘘じゃない。ナランチャと同じ歳くらいのブローノにアレはできなかった」
言いながら頭を撫でられているので、一体どこからどこまでが本当なのかわからない。気を使って慰めてくれているには違いない、と、思うけれど。ほんとうに? かっこいい男になれていた? ギャングとしては間違えたかもしんないけど、この人は本当に、喜んでくれている? この人の真似をしてじっと顔を見詰めてみる。オレの視線を真正面から受けて、目を細めて、口は弧を描く。「ナランチャ」オレはどうやら、この人に名前を呼ばれるのも結構好きだ。
「ありがとう。ブローノ・ブチャラティを選んでくれて」
全く関係のないことを考えていたせいで、言われた言葉をすぐに理解することができなかった。「そんな」それは違う。選んでくれたのは。ブチャラティであり、フーゴであり。オレではない。オレは、何かを選ぶだなんて、そんな大層なことをしたことがない。と、そんなようなことをオレは言ったはずだ。
「それでも、ありがとう。君は今日、あの日の私を救ってくれた」
「いや、だから、そんなのはさあ〜」
あまりに褒められるものだから、ついに恥ずかしくなってきた。
「そのブチャラティに、今から二人で怒られるけどね」
「……次から気を付けよう」
「うん」
彼女もブチャラティに怒られるのは憂鬱なのかなかなか動こうとしない。オレも早く怒られに行こう、と言い出せるほど覚悟も決まらないので、さっきから気になって仕方がないことを聞いてみることにした。
「ね、ねえ、あの」
「うん?」
「ちょっと前に、オレ、ブチャラティはどんな子供だったのか聞いたけどさ、その、あんたは、どんな子供だった? 喧嘩ばっかりしてたって、本当に? あんたが昔住んでた日本って、どんなところ?」
「ああ」
この人はやっぱり、オレの予想通りににこりと笑って、嬉しそうに話しはじめた。隣に立って、一言も聞き逃さないように近くに寄る。一生懸命頷きながら聞いていると、そんなこと、オレに話してくれてもいいのかな、ということも話してくれるものだから、オレもできるだけオレの話をした。この人は何の話をしても静かに聞いてくれていた。帰りはすっかり遅くなってしまった。雷鳴みたいな声が降って来る。
「おまえがついててなんて様だッ!」
「ごめんなさァーい」
二人揃ってブチャラティに怒られながら、またがんばろうって、そう思った。


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20220521:To Be Continued
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