よくわからない人だ、というのは変わらないけれど、話をしているとオレたちが当然気にすることが一切気にならない人なのだと気が付いた。子供みたいとか女々しいとか、恥ずかしいとか、情けないとか。オレが一人で気にしていても、この人は一切気にならないのである。ただじっとそこにあるものを見て受け入れている。ように見えた。それがこの人にとっていい事なのか悪いことなのかオレにはわからないけれど、オレにとってはいいことだった。
昼食をご馳走してもらうと、もう、この人とどうやって距離を取っていたのか忘れてしまっていた。
「ねえねえッ! あんたってさ、ブチャラティとは幼馴染なんだよな!? あの人の子供の頃ってどんなだった!?」
「あれはまあ、ずっとああだったよ」
「ずっと?」
「面白い話は特にないけど、あ、一人称がぼくだった」
「へえ〜ッ!」
他にも、フーゴが熱を出して倒れたことも教えてくれたし、ブチャラティと喧嘩をしたこともあると教えてくれた。二人が喧嘩になるなんて想像が出来なかったが「今でもたまにあるし、まあそういう時はタイミングが悪かったんだと思うことにしてる」と自分のこともブチャラティのことも責めないこの人を見てほっとした。
「じゃあ今はさ、キャラクターを作ってるってこと?」
「それはある程度。ナランチャだって舐められないようにしようと思うでしょ」
「うん、だけどオレは」
しばしばやり方を間違える。そしてブチャラティに怒られて落ち込んだりもする。オレは好き好んであいつらを殴ったわけじゃない。必要だと思ったからぶん殴ったのである。だから。だけど。ぐちゃぐちゃ考えていると、この人は、こん、とアイスティーのグラスをテーブルに置いた。わざと音を立てた感じで、オレは導かれるようにこの人を見た。きっとこういうのが、オレには足らない。オレは。
「それでもね、ナランチャ。君はブチャラティのチームだ」
オレはハッと目を開く。ブチャラティのチーム。
この人がどういうつもりでそう言ったのかはわからないが、オレはどうしてかすごくすごく嬉しくなった。
「うん」
うん。うんうん。そうだよな。何度も頷くとこの人は笑って、デザートのケーキの最後の一切れをオレにくれた。
「グラッツェ!」
食べていると、だんだんとこの人が言った言葉を理解してきた。そういえば、この人は未来が見えるらしい。それってどんな気持ちかしら。今オレが見ているものを、この人は既に見終わっているのだろうか。だとしたら、納得出来ることも多い。おかしな反応だなって思うのは、この人が「それはもう聞いたな」って気持ちを隠すのが下手くそだからだ。
「へへへ」
「ご機嫌だねえ」
「今、何が見えてんの?」
「見ようと思わないと未来のことは見えないよ」
「ホントに? いっつも発動してるんじゃなくて?」
「発動させてる時もあるけどね」
「今は?」
「今ね」
オレがフォークを置いて自分の頬をつねると、この人は寸分違わず同じ動きをした。鏡に写った自分よりも動きが合っている感じがした。
「すげえ〜〜!」
面白くなってげらげら笑うと、この人はにやりと不敵に笑う。
「さて、今のは予測でしょうか、予見でしょうか」
「エッ、どーちがうの?」
「考えたのか見たのかってこと」
「えー、あんなの見なきゃできねーよぉー」
「そうかな」
答えは曖昧にされてしまった。氷だけが残ったグラスをぐるぐると回して遊んでいる。グラスの中に、世界が小さくなって写り込んでいた。
「私のスタンドは、私の視界に入ったものの未来しか見えない」
「全部じゃん」
「見えないものは見えない」
それは当然のことであるように思えたが、この人はそれについて不便に感じているようだった。
「え〜っと、嫌なの?」
「いや? だったら誰にでもできるだろうなって思ってるだけ」
「ええ?」
「エアロ・スミスはいいな。知っているスタンド能力の中で一番好きかもしれない」
「ええ〜? そんな、一番ってことは、あるかもしんねーけどおー」
「私は好きだ」
ナランチャも。エアロ・スミスも。――普通、そういうことは直接本人には言わない。オレは勉強ができないが、できないなりに、この人は今まで出会ってきたどの人とも違う感じがしている。単純に、外国の血がまざっているから、かもしれないが。日本、だっただろうか。もしも日本人がみんなこんな風だったらどうしよう。ブチャラティは困るかもしれない。フーゴは倒れるかも。
「ぷふふ」
「今度はどうした?」
「うん?なんでもねーけどぉ?」
「ふうん?」
オレに合わせて挑戦的に笑うのを見て、さらに笑みを深める。最高に楽しくなってきた。なんで今まで、こうやって、この人と話をしてみなかったのだろう。
一度、フーゴに「あの人は何考えてんのかな」と聞いたことがある。フーゴは諦めたみたいに笑って「その気持ちは貴重ですよ」と言った。あれはもしかしたら、フーゴはオレがいつかこんな気持ちになることを予想していたのかもしれない。ああ、だから、この人は自分の力をあまり高く評価してはいないのかな。
ぼんやりと外を眺めている姿を盗み見る。正面に座っているから見ていることはバレているだろうが。ふと、この人の後ろの席の奴らがひそひそと何かを囁きあっているのが見えた。内容まではわからないが、オレの目の前の、この人を見て下卑た笑顔を向けている。それだけで気に入らなくて睨みつけるが、大した効果はないようで、ついにこちらへ近寄ってきた。グラスを持って、それをこの人の頭の上に。
気付いてないのか。
いや、そうか、見えていない。この人の後ろで起こっていることだから見えてないんだ。見えないものは見えない。オレが動こうとした瞬間だった。
「ナランチャ」
動くな、と言われた気がした。必要ない。視線だけでそう言われるので動きようがない。この人はちらりと目だけを動かした。あれでは、足元くらいしか見えないだろうが、この人にとってはそれで十分だったらしい。
――後ろから近づいていた男が突然転んで、持っていたグラスは手から滑って宙を舞い、転んだ男の頭の上に落ちてきた。水もかかる。
「ああ!?」
この人は何もしていない。ように見えた。今まさに転んだ音に驚いて、という風に振り返る。店にいる客の全員がそうしていた。うっかりすっ転んだのを見られ、顔を真っ赤にして「見世物じゃねえぞ」と水に濡れた頭を振っている。
「大丈夫? 派手にやったね。ハンカチを使うといい」
一番近くにいたから、あるいは、そうすることでダメージが増すと知っているから? この人は自分のハンカチを男に差し出した。チンピラはそれをひったくるとさっさと外へ出ていった。取り巻きの男数人も一緒だった。それをにこやかに見送るこの人は、なんというか。「すげえ……」オレにはわかる。あの時、この人は後ろの連中に気付いていて、なにかをしたのだ。なにをしたのかはわからないが、確実になにかして、アイツらだけを追い払った。
どうやったんだろう。奴らが完全に店から出たら聞こうとうずうずしていると、小さく鋭い声が聞こえた。
「――――」
反射だった。その言葉の意味を詳しくは知らない。ただ、込められた侮蔑の意に耐えられなくて体が動いた。それはこの人の事か。この人に今、その言葉を向けたのか。
「てめえ〜〜〜! もうイッペン言ってみやがれッ!」
「あ」そう声を漏らしたのは、たぶんあの人だった。オレは近くにいた男をぶん殴り、転んだところを蹴っ飛ばした。
突然のことに奴らは慌てて店から飛び出す。オレは走って追いかけて、向かってきた奴を殴った。鼻の骨が砕ける感触があった。――つい昨日もやったことだ。思い出すと、急速に体が冷えた。もう二人やった。言い逃れはできない。「しまった……!」一般人とマジの喧嘩はしたらいけないんだった。
「どうしよう、またブチャラティに」
「て、てめーッ! いきなりなにしてくれてんだッ!」
オレに蹴っ飛ばされた男がポケットからナイフを取り出す。でも、ここからどう取り返せばいいのだろう。既に二人、蹴って殴って、これからどうするのが『正解』なのだろう。考えていると、三人は体勢を立て直し、示し合わせて襲い掛かって来る。
「ぶっ殺してやるッ!」
真ん中の男がナイフを振り上げる――振り上げたと、オレも思ったのだが。その手の中にナイフはない。他の奴らも武器を取り上げられていて、オレを攻撃するより先に、どこかへ消えた武器を探す。
「誰を殺すって?」
彼女は三人の目の前にいた。いつの間にかだ。武器を地面にばらばらと落としてから、真ん中の男が彼女に気付くと同時に、ぶん殴った。男の顔がぐしゃりと歪み、地面と平行に吹き飛んだ。
「もうイッペン言ってみろ」
こんなに冷たい声を聞いたことがなくてぎょっとする。たぶん、殴られた男には聞こえていない。周りの奴らは何が起こったのか理解するのに時間がかかっているようで固まっている。ゆっくり、殴られた男が飛んで行った方を見る。それからようやく「ひッ」悲鳴をあげた。彼女に殴られた男は哀れなもので、道路の反対側の壁に体をぶつけて、ずるりと落ちてきた。え、死んだ? いや、死んではないはず。
「ひぃいいあああああッ!」
他の奴らはこの人から一歩でも離れなければと逃げていく。
ぽかんと口を開けていると、この人はオレを見てにやりと笑った。
「共犯だ」


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20220521
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