「バカ野郎ッ! 一般人とマジに喧嘩するやつがあるかッ!」
喧嘩にギャングも一般人もあるだろうか。オレにはよくわからないが、ブチャラティが言うからにはそうなのだろう。
フーゴはやれやれと首を振って、ブチャラティと話し始めた。オレは明らかに二人の仕事を増やしたが、それについては二人とも何も言わなかった。そういうところを尊敬しているけれど、もっと怒ってくれたなら、オレはこんな気持ちにならなかっただろうに、とも思った。
しばらくはその場で倒れて小さく丸くなっていた。
怒られてしまった。オレってやっぱり向いていないんだろうか。そんなわけはないと思うし、ブチャラティの為に働きたいから、やめるつもりもないのだけれど。今のところ『為に』なっていることなんて一つもないように思えた。
戻ってきたフーゴに「通行の邪魔ですからもう少し壁に寄って」と言われその通りに壁にくっつく。
フーゴがてきぱきと働く姿を見ていたが、惨めな気持ちは増すばかりなので立ち上がってホコリも払わずとぼとぼと歩き出した。一般人と喧嘩はしない。口の中でそう繰り返しながら外に向かう。「ん?」フーゴがオレに気づいて声をかけてきた。
「ナランチャ! 出かけるんですか?」
その声色や表情がいつも通りだったので、オレも努めていつも通りに返事をする。
「うん。なんで?」
「あの人、また携帯電話を忘れて行ったんですよ。持って行って、会うことがあったら渡してくれませんか」
「ええ? でもオレそういう機械とか壊すかもしんねーし」
「ナランチャ。大丈夫。あの人は今日は、そう遠くには行っていないはずだよ」
「大丈夫かなあ〜? これ、渡すだけでいいの?」
フーゴは、オレが一般人と喧嘩をしたことよりも、あの人が携帯電話を持って出ていかなかったことを怒っている様子だった。オレの手にぎゅっと携帯電話を押し付けながら言った。
「そうです。ついでに、なにかとんでもない嫌味を言っておいてくれますか」
「ええ〜!? 自分ができねーことをオレに頼むんじゃあねえよぉ〜」
「やかましい! さっさと行って来い!」
フーゴに叩き出されて、それからようやく体についたホコリを払う。携帯電話をポケットに入れて、落ちないように上から押えた。
歩き出すと、そういえば、あの人がどちらへ歩いて行ったのかさえ聞くのを忘れたな、と思う。フーゴは『会うことがあったら』と言っていたけれど。
「戻って聞いてみた方がいいかな」
思うが、あの人に対して遠慮なく怒っていたフーゴを思い出して、やめておこうと決める。近くにいると思う、としか言ってなかった。今あの人がどこにいるのかはフーゴもわからないのだ。携帯電話もオレが持っているし。
「あの人に会えたら、携帯電話を渡して、嫌味を言う」
嫌味ってなんだ。「バカ」とか「間抜け」とか、それはただの悪口か。そんなことをいきなり言われたら、あの人だって怒るんじゃあないだろうか。――そういえば、あの人が怒っているところなんて見たことがない。
フーゴにはよく怒られているけれど、怒り返すことは無い。そもそも仕事のできる女の人なのだ。フーゴがあの人へ口うるさく言うことは細かいことばかりだと思う。ブチャラティとは付き合いが長いらしいが、ブチャラティに対してだって、怒っているところを見たことがない。
オレはブチャラティとあの人が二人で話しているのを見るのが結構好きだ。こちらに気付いていないとなお良い。わかりやすくイチャついたりというのはないが、あの二人が揃うと最強という感じがあって、見るととても安心する。時々考えるのは、あの二人に子供が出来たら、どんなふうに成長するだろうか。ということだ。
きっと、いや間違いなく幸せだろうと思う。存在しない子供を羨ましく思っていると、公園の方から歓声のようなものが聞こえた。ベンチを中心にチェスをしているようだ。なんとなく何故盛り上がっているのか気になって中心になっている人を見る。「あ」見つけた。本当に近くに居た。しかしこれはいつものことなのだろうか。周りに年寄りが集まってちょっとしたイベントみたいになっている。
丁度勝負がついたところのようだ。彼女は負けてしまったらしい。大袈裟に悔しそうにしたあと、へらりと笑って立ち上がった。俺のいる方とは反対へ向かってしまったので慌てて追いかける。
名前はちゃんと覚えているけれど、気安く声をかけていいものかわからない。オレはこの人のことを勝手に気に入っているけれど、どこがどう好きであるのかはわからず、近寄りたくても近寄りにくいと思っていた。しかし声をかけて呼び止めなければと、がむしゃらに大声を出す。
「あ、あの〜! ちょ、ちょっと! ちょっと待ってよ!」
彼女はふと立ち止まり、振り返った。オレを見るとニコリと笑う。オレはこの人との名前すら呼ばなかったのに、オレがここにいるのが心底嬉しい、というような顔をしている。
「ナランチャ」
オレが近寄っていくのを静かに待って「どうかした?」と言った。どうしたんだっけ。
「えっと、えーっと」
あれ。なんだっけ。用事があったには違いないのに、肝心の内容が出てこない。どうしてしまったんだろう。確かにそこにあったものがないという不安感で両手がせわしなく動き続ける。彼女はそんなオレを不審がるでもなく、オレの探し物を手伝ってくれた。
「フーゴになにか言われた?」
「そうでしたッ! これ、忘れてったからって」
「うッ」
「え?」
彼女は携帯電話を受け取ると怖々という感じでオレに聞いた。
「……フーゴ怒ってた?」
「まあその、うん」
「次やったらヒモつけて首から下げろって言われてるんだよね……」
なんとかカウントおまけしてくんないかな。本当に憂鬱そうに言うものだから、オレは力が抜けてしまった。
「ハハ」
きょとんとした目がこちらを見ているのに気がついて、慌てて口元を隠す。「どうかした?」怒ってはいない。何が面白かったのか分からないという顔をして、首を傾げているだけだ。
なんでもない、ただの思い出し笑い、そんな風に言うつもりだったのに、うっかり考えていたことがそのまま出ていった。
「思ったより、間が抜けてるのかなって」
言ってからまた、しまったと口を塞ぐ。この人はやはり怒らずに少し目を伏せて、考えるような仕草をした。
「確かに、何回も同じ失敗をするのは良くないな。フーゴにやられる前に自分でヒモをつけるか」
反省の証にもなるだろう。この人はうんうんと一人で頷いて「ありがと」とオレに言った。携帯電話を自分のジャケットのポケットに入れると歩き出す。
「あ、ど、どこいくん、ですか?」
「ヒモ買いに。できるだけオシャレなやつ」
全く迷う様子がなく、目的の方向を指差した。ふうん。買い物。買い物かあ。きっと手伝いは必要ないだろう。「いや、携帯電話につけるのはストラップって言うんだっけ」また街の女の子達に笑われるところだった、と一人で喋っている。あんまりぼうっとしているとそのまま置いて行かれてしまいそうだ。話が、ぽんぽんと前進していく。「あの」オレも。
「オレもついていきたいって言ったら、邪魔かなあ?」
体は前のめりになっていて、知らない間にジャケットの裾を掴んでいた。迷子の子供じゃああるまいし。すぐに手を離したのは「ご、ごめんオレ、」恥ずかしかったからなのに。この人はそんな事まるで気にしていない様子で言った。
「……ついてきてくれるの? 買い物に?」
そんなに意外そうにしなくても、あなたの誘いを断る人間なんていないだろうに。目を丸くしている。気の利いた言葉は出てこなくて一回だけ頷いた。
「よし」
この人が「じゃあ行こう」と歩き出したので、オレはそうっと隣に並んだ。


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20220521
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