なまえとオレとの間に動きはない。オレは、暇さえあればなまえの隣にい続ける、ということを続けていた。なまえは拒否しないし他の仲間とオレとの間にも区別はない。ただ、新しくチームに入ったミスタと話をしている途中でするりと腰を撫でたりすると「ちょっと」と文句を言ってくるのは面白かった。
なまえは度が過ぎなければ拒絶することは無いし。後ろから抱きしめても大人しくしている。ちょっと際どいところを触ると投げられるが、わざとでない時は放置されるので、勝負師としての目の確かさを見せつけられる。その度に、どうしようもない気持ちでなまえを見る。
今は、フーゴと上納金の話でもしているのだろうか。アガリがどうとか単語だけが聞こえてくる。その様子をじっと見ていると、ナランチャが隣で笑った。フーゴの作った問題にトンチンカンな答えを書き終えたらしい。
「オレ、アバッキオとなまえが仲良くなればいいとは思ったけどさ」
「あ?」
「まさかこんなことになるとは思わなかった。オレ、なまえがあんなに困った顔してるの始めてみたよ」
オレには困っているようには見えなかった。明確にここからは駄目と線を引いて、それ以上をさせないようにしている。機械的な対応をされていると感じていた。
「困ってるか?」
「困ってるってェ。すげ〜おもしれ〜と思う」
ペンを手の中でくるくると回しながらナランチャは幸福そうに笑う。
「なまえをあんなに困らせられる奴なんて、オレ、見たことないよ」
ナランチャにとってなまえが困ることは望ましいことのようで「その調子だよ」と応援された。オレがなまえを寄せ付けなかった時も困らせていたには違いないと思うのだが、あの時と今では仲間たちの感情の方向が真逆を向いている。何故、というのをナランチャに聞くのも負けた気がするなと強がってみせた。「ハッ」
「せいぜい面白がってな」
「うん。そうする〜」
ナランチャはなまえと目があったのか、ひらひらと手を振っていた。
とは言ってもこれ以上にできることと言えば、無理矢理家に押し掛けるくらいである。家にあがられるのは嫌なのかもしれないが、まああがるだけなら断られることはないだろうという確信もあった。
なまえはしばらく忙しくしていて(それはもうオレが近付く余地がないくらいに忙しくしていた)方々を走り回っていたが、組織の指示でベネツィアから帰って来るとわざわざ「明日はオフってことで」と宣言していた。「ああいう時は絶対に家にいるぞ」と言ったのはブチャラティだ。
昼前に尋ねて行くと、なまえは普段見ないラフな格好で玄関扉を開けた。オーバーサイズのシャツに短パン。足元はスリッパだ。
「よう」
「休みの日に……」
「休みの日になんだ? チームの仲間の家に来ちゃいけねえってか?」
なまえは「どうぞ」とやはり拒否せず俺を家に上げた。丁度飲み物を用意するところだったようだ。茶葉をティースプーン一杯分追加して、カップ一杯の水をケトルに足した。
冷蔵庫からチーズケーキを取り出して雑に切る。いつもより動作が適当なのは家だからだろうか。
なまえの家の中は、見られるのを厭うほど汚れてはいない。化粧品がテーブルの上に乗っていたりはするが、生活感がある、という表現の範囲内であるように思う。ケーキをフォークで切って口に入れる。適当に用意したように見えて繊細な味わいだ。紅茶との相性も考えられているという感じである。
「美味いな」
「お茶もケーキも妹からの差し入れ。将来有望なんだ」
なまえを褒めたつもりだったのだが、うまくいかないものである。ただ、なまえが誇らしそうに笑うので、これはこれでいい。
「おまえが持って来る菓子も美味い」
「あれは妹のレシピだから、やっぱり妹がすごいんだよ」
なまえはいつもよりぼんやりしていて、口数も少ない。普段見ている姿とも、賭場で見せる姿とも違う。眠そうに数度瞬きをして、開ききらない目でじっと見つめられた。
「私が家に居るって言ったのはブチャラティかな」
正解だ。なまえは知らないはずだが確信があるようだ。次の質問が投げられた。「他になにか聞いた?」「いいや」何も聞いていない。行くのなら今日が良い、と言われたように感じたから来ただけだ。
なまえはぐい、とお茶を飲み干してカップをテーブルに置いた。
コン、というコップの底とテーブルがぶつかる音がこの場の空気を締め上げる。なまえから目を離すことができなくなった。
「私ができるのはここまでだよ」
強い視線にドキリとする。
「これ以上はどうしようもない」
それは一体なんの話か。
もしかして、オレとの関係のことを言っているのだろうか。これ以上は無駄だからやめろと、他ならぬこいつが、オレに言うのだろうか。「おまえ」勝手なやつだとは思っていたが、ここまでとは。文句を言ってやろうと立ち上がると、なまえはがくりとテーブルの上に突っ伏した。
「お、おいッ! どうした!?」
驚いて引っ張り起こすと、眼を閉じたまま、微かな声で言う。
「休みの日、ってのは、休まなきゃいけない日なんだよ」
オレに体重を預けてがくりと体全部から力が抜ける。
「ね……」
なにが起きたかわからないでいたが、寝息が聞こえて来て眠ったのだと理解した。疲れていたのだろう。「はー……」オレは大きく息を吐いて安堵した。さっきのあれは、オレの行動を否定されたわけではない。眠気が限界だから、という話だったわけだ。
肩に腕を引っ掛けて抱き上げるが、身動ぎ一つしない。どういう体の使い方をしたらこんなことになるのか。適当に部屋の中を歩きまわって寝室を探す。ベッドの上に横たえると、顔にかかった髪をどけてやった。
「……」
肩を押して体を真っすぐにすると、寝息のリズムに合わせて顔を近付け、唇を合わせた。すぐに離してじっと顔を見る。うっすら隈ができていた。
「こういう時は、追い返してもいいんだぜ」
なまえは、自分が『それ』を利用するからだろう。人間の善性というか、良心から来る気持ちを拒否するのが苦手なのだ。そういうものが自分に向くと、きっと、相手が自分に期待するものが見えるのだろう。それは鬱陶しいことで、だからなまえは、一人で行動することが多いのかもしれなかった。もう一度唇を合わせる。
――いや、そうじゃあねえか。
ただ単に、誰かに何かを頼む、好意に甘える、ということが苦手なだけかもしれない。おそらくいつだって、戦利品として欲しいものを得て来たこいつは、言えば叶う、という状況が苦手なのかもしれなかった。
もしそうだとしたのなら。
隣に寝転がって抱きしめる。全く起きる気配がないのをいいことに、足まで絡めてぴったりとくっつく。次いつになるかわからない。というあさましい想いもあるが、ただ愛おしくて抱きしめた。
周りにい居る奴らはみんな、こいつが望みを口にするのを待っているのに。なまえの為になにかしたいと思っているのに。オレなどは、まんまとなんだってするだろうに。あの一回以来、なまえから仕事についてきてほしいと言われることはない。
「オレのやってることってのは、間違ってねえのかもしれねえな」
なまえの為にと大義名分の振りかざすことのできる、そんな特別な立場を手に入れるには。きっと、この方法しかありえない。


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20220514
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