なまえの隣を歩いていると、こちらに絡んできたそうなやつをよく見かけた。なまえを見て、オレを見ると目を逸らす。なまえの一人歩きではないというそれだけで、随分時間を節約できている気がした。なまえも「もっと早く頼むんだったかな」と呟いている。
店に入ると、なまえを迎えた男がオレを睨んだ。
「どちらさんで?」
「アバッキオ。最近ブチャラティのチームに入った。私の」
「なまえさんのコレっすか!」
それだ。とオレは声に出さずに返事をした。が。
「違う。威圧感増す係」
違うらしい。否定することはないだろうが。後で文句言ってやる。そう決めて、しかし、なまえの雰囲気がいつもと違うことにも気づく。
「なんだ。じゃあ壁みたいなもんすね」
「そう」
「オイ」
ツッコミを入れるといつも通りに笑ったが、それ以外の時はとても静かにしていた。不気味なくらいに口数が少なく、そうかと思えば、ふと「お腹が減ったな」なんて言い出したりする。それもまた気味が悪い。そしてなまえが仕事を、勝負をする姿を初めて見たが、あまり華があるとは言えない戦い方であった。運だって神がかり的に良いとは言えない。しかし、最後には必ずなまえの勝利で終わる。この姿には見覚えがあった。
オレに挨拶をしたり、小っ恥ずかしくも熱烈な告白をした時と同じだ。こうに違いないと思ったものを、――正確には、その手に掴んだものを疑わない。どれだけ揺さぶられても信じて前へ出る。相手が恐怖するくらいに淡々と。
三時間ほどで相手に賭けられるものがなくなった。腕を、と言い出したところでなまえは喧嘩を売って来た男の胸ぐらを掴んで「臓器なら続けてやってもいい」と吐き捨てた。
「そのほうがお金になる」
威圧感を増す役が果たして必要だっただろうか。勝負を終えて事務所に戻るとなまえはディーラーを務める男に言った。
「この間、ローマの賭場に行ったら、ウチみたいに勝負挑んでくる奴はいないって」
「なまえさんが有名ですからねえ。勝って名を上げようって連中が来るんすよ」
「どうかな」
弱そうに見えるから来るんじゃないか。なまえはぼやいたが、三秒後にはなんでもいいか。と体を伸ばした。
「あとはもういいよね」
「はい。お疲れさまでした」
賭場を出るとなまえはもう一度伸びをしていた。数歩歩くと、くるりと振り返る。
「退屈だったでしょう」
退屈ではあったが発見は多かった。楽しかったと言えなくも無い。どう答えたものか黙っていると、なまえは伺うように首を傾げた。なにか考えている。オレは別に、怒っているとか、そんなことは無いのだけれど、少し拗ねたようにしてみた。
「オレは壁、らしいからな」
「ごめんごめん」
「……言葉には気を付けろよ」
「ごめんって」
その事か、となまえはほっとした様子だった。あの場では、一切感情を外に出しては居なかった。あんなことが出来るなら面倒なものは切り捨てた方が楽だろうに。こいつは面倒なものを自ら選ぶ人間らしい。
「ありがとう。一人だったらたぶん、もっと時間がかかってたから」
「なまえ」
「うん?」
「なら、その浮いた時間は、俺が貰ってもいいって事だよな」
「まあ、そう、かな?」
「付き合え。飯食いに行くぞ」
なまえが断らないのをいい事に散々連れ回してやった。
明らかに節約した以上の時間を貰ったが、なまえは楽しそうにしていた。カフェに入ればケーキを美味そうに食っていたし、町を歩きながら他愛のない話をしたりもした。夜になると流石に家へ送って行ったが「じゃあ、また」となまえはオレから離れていった。そんなにさらっと帰ってんじゃねーよ。オレが文句を言うと「じゃあもう少し」となまえの家の周辺を散歩した。
「今日はありがとう。でも、次からはいいや。何時間も拘束するのは申し訳ない」
「ああ?」
「普通に緊張するし」
「緊張? 緊張しているようにはみえなかったけどな」
「それはね」
見えたら駄目だろう。見えた方がいい場合は見せるが。なまえはさも当然のようにそう言いながら歩いていた。
夜風にあたって気持ちよさそうななまえの横顔を盗み見る。仕事をしていた時よりはリラックスしているように見える。なまえはさっき家の周り散歩することを提案した。家に上がっていくか、ではなかった。恋人同士であれば家にあげても問題は無いはずではないのか。わざわざ散歩を提案したことが引っかかって、どう切り出したものか迷う。切り出すべきではない気もする。切り出して、オレの望む答えが返ってくるとは限らない。
なまえはもしかしたら。
「なまえ」
呼び止めて、こちらを向かせてキスをした。もう何度もそうしたことがあるみたいに、ピタリとくっつく。唇の真ん中あたりで唾液が混ざる。触れるだけのキスだった。離れると、なまえは目を丸くして驚いていた。……やはり、驚いている。
「なに?」
そして、そういう言葉が出る。
「なんで?」
説明はきっといらないだろう。こいつは既に幾通りもの可能性を考えている。もう一度顔を近付けると、なまえはオレと自分の間に手を差し込んだ。例え『そう』でなかったとしても雰囲気に流されてしまえばいいものを。
「待って」
オレの行動の理由がわかったのか苦い顔をしている。「待ってね」そういうつもりではなかった。そう言いたいに違いない。こいつの言い分としては「明言していない」とかそんなところになるのだろうか。
「……おまえ、あの時」
あれは本当のことだったと思う。嘘は一つもない。こいつはあのカードを切るしかないと思ったから喋っただけだ。あのくらいのことは、こいつにとって何ら特別なことでは無いのだ。日常で繰り返される駆け引きのひとつに過ぎなかった。オレはそれを勝手に、特別なものだと思い込んだ。オレは、そんなに昔からこいつにとって特別であったのだと呑気に喜んでいた。
「いや。いい」
「じゃあな」なまえは「うん」と控えめに手を振った。だから、そんな簡単に離すなって言ってんだろうが。


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20220514
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