はじめて会った時から、明らかにカタギではないと感じていた。それでも困っている様子だったから声をかけて、絆創膏を差し出した。絆創膏は一枚では足らなくて、追加で何枚か押し付けた。ありがたそうに一枚ずつ足に貼ると、その場で軽く足踏みをした。「うん」どこへ向かうのかは聞けなかった。
「ありがとうお巡りさん。助かりました」
さっきまで、世界を滅ぼすんじゃないかと思うくらい暗い顔をしていたのに。何事もなかったみたいに歩き去って行った。その足取りには迷いも揺らぎもない。
その女ギャングは警察の間でも有名で、街を歩いていても目を引いた。以来、公園で座り込んでいる姿は見かけなかった。代わりに、とても自由に街の人間と関わる姿を見かけるようになった。なまえはおそらく、オレと目が合わないよにしていた。万引き犯を蹴っ飛ばして俺の前に転ばせたり、邪魔だからと喧嘩を仲裁したりと、オレにはとても、その姿が自由に映った。見かける度に足は大丈夫なのだろうかとあの日のことが脳裏をよぎった。なまえに蹴られたヤツらも、同僚達も、その足元にどれだけの気合いが入っているか知らないで、適当なことばかり言う。ただ、オレにできることはなにもない。
それが、なんの因果かオレはギャングになって、同じチームに所属することになった。
なまえはきっと、オレのことなど覚えていないに違ないと、そう思ったのに。
ブチャラティにも「悪かったな」と謝ると、得意気に「心配ないと言ったろ」と言われ、肩を叩かれた。
心配はなかった。それはその通りだ。なまえは何も変わらない。自分の好きなように振舞うだけだ。今日は溜まり場に一番乗りで、二番目がなまえであった。例のごとく、笑顔で「おはよう!」と言われる。
迷うことなくなまえの隣に座った。手を伸ばせば届く距離だ。
「ああ」
オレが返事をすると一層嬉しそうにして「フーゴが遅いのは珍しいなあ」とアイスティーを注文していた。
「……」
何か話しがしたいと横顔を見つめていると「うん?」擽ったそうに首を傾げた。「あー……なあ」「うん」律儀に返事をしてオレの目を見る。長く勝負の世界に身を置いて来たからなのか、生来の癖なのか、真っ直ぐに見つめてくる。視線を受けきれず、顔を逸らす。
「フーゴがよ、言ってたんだが」
最近あいつは、よくなまえのことを教えてくれる。どういう仕事をしてきただとか、どんなヤツと仲がいいだとか。組織内でも顔が効くヤツであることとか。周りのヤツはそれを自慢にしているが、本人はきっとそうは思っていないことだとか。
「なまえが無駄に明るい時は、面倒な仕事をした後」
だとか。
なまえは「ああ」と頷いた。
「間違ってはない」
「もっとわかりやすくしたらいいんじゃねーのか」
「フーゴにバレてるあたり、わかりやすくはあるんだと思うけど」
ふむ。ひと呼吸置いてからアイスティーに口をつける。二度瞬きをすると、暗くて重たいものを全部吹き飛ばすみたいな笑顔を作った。両手の人差し指を口の端に持っていって、形のいい口を強調していた。
「笑顔でいながら、暗い気持ちでいることって難しいから」
「随分無理矢理だな」
「私はその無理矢理をする私が結構好きだ」
「早死にするタイプだってよく言われるだろ」
「うん。まあでも、一回くらい死んでみるのもいいかもしれない」
「死んだら終わりだろーが」
早死にする、は侮蔑にならなかったようだ。なまえにとってはそれすら望むところであるらしい。にやにやしている頬を引っ張る。「痛い痛い」なにが起きても笑って死んでいきそうだ。オレは溜息を吐いて手を離す。オレを信じていたように、何かを信じ抜いた挙句さっさと死にそうだなと憂鬱になる。
「アバッキオも――」
続く言葉はなんだったのか。ナランチャが騒ぎながら入ってきたせいで聞こえなかった。オレとなまえとが並んでいるのを見るとさらに嬉しそうに跳ね回り、なまえの隣に座った。
「ホントよかったなあ」
しみじみと言うのはいいが、オレとなまえとの会話をぶった斬った自覚はあるのか。ええ?
ナランチャはなまえを肘でつついてあれこれ言っている。
その様子を気にしていると、今まさにやってきて、状況を理解したという顔をしたフーゴがオレの隣へやってきた。「アバッキオ」口元をバインダーで隠して、フーゴは言う。
「これはたぶん、あなたに必要な情報だと思うんですが」
「なんだよ?」
「なまえは最近、仕事を手伝ってくれる人を探しているんですよ」
「あ?」
「採用条件は威圧的で高身長な男」
「……報酬は?」
「長時間なまえの傍にいられます。それはもう長時間。彼女の仕事ぶりも見られるでしょうね」
フーゴは言う。「どうです? やりますか?」何故こいつがそんなことを言ってくるのかと思ったし、お節介だとも思ったが、なまえが自分から言ってくることはないだろう。であればこの有り難い申し出は受け入れるしかない。
「そんな仕事、オレ以外のだれにできんだ?」
「そう来ると思ってました! なまえ! 威圧感係が用意出来ましたよ!」
「まだ探してたの?」
なまえは振り返って目を丸くした。フーゴとオレとを交互に見る。なまえは、注意深くこちらを伺っていたが、オレが無理やり巻き込まれたようには見えなかったのだろう。「嫌だったら断ってもいいんだよ」と笑った。
「お前が嫌だっつーなら、降りてやるぜ」
何故か、ナランチャとフーゴがハイタッチした。


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20220514
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