そのアバッキオは、周囲に威圧感を与えながら町を歩いていたのですぐに見つけられた。走って近づくと、ヒールの音がしたのか振り向きざまに思い切り睨まれた。
「寄るな。おまえはわけがわからねえ。気持ち悪いんだよ」
眉間に皺が寄っている。私を突き放す為に言った言葉は鋭く、重みがある。
「気持ち悪いは、普通にショックだ」
「ハッ、知るかよ」
アバッキオはそう言って笑うが、私はその言葉に正しく怒ることはできない。なぜならば。
「今アバッキオは、私にショックだ、と言われて悪いことを言ったかもしれない、と思った」
「あ?」
彼には、自分がひどいことを言っているという自覚がある。わざわざ傷付くように腹が立つようにと選ばれた言葉たちは確かに刺々しいが、言った本人が一番つらそうにしている。私は、それが気になってしょうがない。
アバッキオは道の真ん中で振り返って、不愉快そうに私を睨む。
「レオーネ・アバッキオはそういう人間だ」
「ああ!?」
アバッキオは私に詰め寄り威圧する。威圧するだけだ。
「私があなたに何を言っても、アバッキオが私に手をあげることはない」
「ふざけてんのかッ!」
「私は知ってる。あなたはいい人だ」
「何を根拠に言ってやがんだ? ああ?」
「私は」
私の胸ぐらを掴んで前後に揺らす、その腕を掴む。アバッキオの『それ』は私にはどうしようもないものだ。無責任に踏み込むことはお互いの為ではない。私はそっと彼を見上げた。
ただ、私がここまでレオーネ・アバッキオを信じる、その根拠が聞きたいと言うなら、話すことは出来る。
「私は、今でこそハイヒールで全力疾走ができるんだけれど」
ブチャラティが連れてきたから、というだけではない。
「昔は歩くだけでもしんどくて、こんな履物はこの世から消えればいいと割と本気で思っていた」
「何言ってんだ、おまえ」
細心の注意を払って握られているアバッキオの手をゆるりと外し、握り直して歩き出す。ちょうどこの近くだ。アバッキオは抵抗しようとしたが、私が思い切り掴んでいるからだろう。黙ってついてきた。
「ここだ」
街道のそばにベンチがあって、その後ろに公園がある。昼なので人が多いが夜になると別の場所みたいに静まり返る。
「このあたりで休憩することが多かった」
座っていても足先がジンジンして私はなんでこんなことをしているんだと思ったものだが、途中で放りだす方が嫌だった。きっと酷い顔だったと思う。世界全てを呪っているような目つきの悪さで座っていた。そんな女に。
「絆創膏をくれた人がいた」
「大丈夫ですか」「体調が悪いとか?」あまりにも裏表のない声で話しかけられて面食らったのを、私は一生忘れない。
「警察官だった」
ただの靴擦れだと言うと安心した様子だったが、貰った絆創膏を貼るためにヒールを脱ぐと青い顔をしていた。話をしたのはその一度きり。ただ、私はその警察官のことが気に入った。見かける度に今日もがんばっているなと嬉しくなったものだ。――日に日に気力を失っていくのもわかってしまって心配だったが、私に出来ることは無かった。
「私はギャングだけれど、その警察官が好きだった」
好き、と言うか、こうやって普通に人の役に立つ仕事というのはいいなと思った。今はうまくいっていないとしても、いつか、彼が満足のいく生き方が出来ればいいと祈りもした。
「ファンだったんだ」
わざと俗っぽい言い方をして笑う。
「レオーネ・アバッキオはいい人だ」
ブチャラティが連れてくる前から知っていたことだ。だから、私にはなんの不安もなかった。
きっと、私のことを覚えていたから付き合いにくいと感じたのだろう。――彼も私を、嫌いではない。だからあんなことになっていた。
「あなたが上手くやっていけそうな場所を、私のせいで潰すのは嫌だな」
アバッキオは何も言わずに私を見ていた。私はなにも、なんの理由もなくアバッキオを信じていたわけではない。私は私の意思で、アバッキオにとっての生きやすい、を優先したかっただけだ。
「チームを抜けようかってのは、そういうことなんだ。だから、アバッキオがそんな顔をする必要はないよ」
私が適当にしていると思われるのは心外である。無気力でも考えなしでもない。つもりだ。感情だって割合に自在に使いこなす。私はこう見えて、組織でも悪名高い勝負師なのだから。
「……悪かった」
アバッキオはベンチに座って、頭を抱えてそう言った。
「悪かったよ」
だから私が本気で仲直りしようと思えば、こんなものだ。ああ、告白みたいで恥ずかしかったが、これで任務は達成である。
「怒ってないから、大丈夫だよ」


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20220514
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