図書館で参考書を片手に唸っていると、正面に誰か座った。ガラガラなのにわざわざ。顔をあげると、久しぶりに学校へ来たジョルノは「やあ」とにこやかに挨拶をしてきた。数秒、無視してやろうかと考えていたが彼が私からの返事を待つので「久しぶり」と言っておいた。
私とジョルノはしばらく見つめ合っていた。私も特別話があるわけではないし、ジョルノもなにも話さない。前々から変なやつだとは思っていたが、学校へ来ない間になにかあったのだろうか。変わったな、と思う。見ているだけでは当然、なにが起こったのかはわからない。どこがどう変わったのかも不明確であった。私では想像すらできない。
「なんで学校に来た?」と聞きそうになった。声になる前になんだそれはと自分で自分にツッコミを入れる。学生なのだから当然である。家の都合だとかその他の理由でしばらく休むくらいのことはあるだろう。「どうしてた?」と聞いてみようか。彼はわざわざ私の前に来て、聞いて欲しいような欲しくなさそうな顔をして座っている。窓にかかったカーテンがふわりと揺れる。ほどなくここまで風が入って来て、ノートが捲れる。「なにかあった?」私は、その言葉を飲み込んだ。
「……課題やっていい?」
「どうぞ」
ジョルノが笑って頷くので、私は課題を片付ける作業に戻った。ジョルノはそんな私をしばらく見ていたようだが、そのうち、鞄から本を取り出して読み始める。
ジョルノとはじめて会ったのはネアポリスの小さな図書館だった。声をかけたのは一応、私から、ということになっている。何年か前、前の週に私が借りていた本をジョルノが持っているのを見て「あ」と声が漏れた。小さな声だったのに、彼は「なにか?」と首を傾げた。「ああ、いや、その本」「この本?」「そう。面白かった」なんでもない、と言うこともできたが、私は「面白かった」と言うことを選んだ。彼は目を丸くして意外そうな顔をした。「それは、楽しみだな」何故か、大変におかしそうに笑った。図書館でたまに見かけてもひたすら近寄りがたい印象だったのだが、子どものような笑顔だった。
以来、ジョルノは町中や図書館で私を見つけると話しかけてくれるようになった。
「なまえ」
「ん?」
「なにか、聞きたいことがあるんじゃあないかい」
「んん」聞きたいことがあるかどうか。どうだろうか。山ほどあるような気もするが、私は聞くべきではないように思えた。第一、ここへ来るまでに散々聞かれているだろう。大体のところは明日にでも、噂となって入って来るに違いない。正確性には欠くだろうが、然程問題があるようには思えない。「じゃあ」私のこの態度をどう捉えるか、ジョルノに丸投げして参考書の真ん中あたりを指で示す。
「この問題文の意味がわからん。解説してほしい」
ジョルノは一瞬、懐かしい顔をした。「面白かった」とはじめて話をした時と同じ顔だ。一体なにが面白かったのか、彼は私の言葉をどう解釈したのか、どちらにせよ好意的に考えてくれたらしい。声をあげて笑っていた。周りの生徒がびくりとしてこちらを見る。「どれ?」ジョルノは私から参考書を受け取り問題文を読む。
「ああ、これは確かに、意地悪な書き方だ」
「でしょう」
「これはね、なまえ」
「うん」
ジョルノの解説はわかりやすかった。私はある程度聞いたところで問題を解く作業に入った。今度は黙って見ておらず、これが違うだの文が読み辛いだのと口うるさく声をかけてきた。さっさと直して、ノートを閉じる。予定していた時間よりも早く終わった。
「ありがとう、ジョルノ。助かった」
「どういたしまして、なまえ。ぼくのほうも助かった」
助けたっけ。表情だけでそう言うと、ジョルノは、助けたんだ、と表情だけで返してきた。やはりなにかあったんだろう。それは間違いないことだが、やはり、彼は『それ』を話したそうにも、話したくなさそうにも見えた。私が彼にしたように、私に判断を委ねているのだろう。「ハッ」思わず鼻で笑ってしまう。
「それはよかった」
「うん。じゃあ、また会いにくるよ」
「無理しなくていいけどね」
「また会いに来る」
「はいはい」
「返事は一度でいいんだ」
「はァーい、またね」
ジョルノ・ジョバァーナはひどく満足そうに笑って、一人でどこかへ帰って行った。


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20220416:誕生日なんだって? おめでとうございます。
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