フーゴが全く引いてくれないので、以降、何人かと会って話をした。たいていの場合丁寧にお断り申し上げる感じだったのだが、妹が世話になっている手前、妹の店の店主を無碍に扱うことはできなかった。向こうも事情を知っているので気にしなくていいと言ってくれたが、フーゴは一体、なんと言って連れてきたのだろうか。
「役に立てれば、と、本当はみんな思っていると思う」
彼はそう言ったが、フーゴがもし純粋にそういう気持ちの人だけを集めてくれたのだとしたら、よりいっそう、私のために彼らを利用する気にはなれなかった。
何人と会っても同じだろう。これ以上はお互いに時間の無駄である。
レストランで他のみんなを待っている間、フーゴと二人きりの内にはっきりと言っておく。
「もういいからね」
強めに言うと、フーゴは「そうですか」と息を吐いた。「……どんな男ならいいんですか?」「もういいからね!?」「それでもあるでしょ。こういうのなら是非そばにいてもらいたいとか!」「もういいってば!」フーゴと二人で話していると、その内ナランチャとアバッキオが一緒に現れてこの話は一旦保留となった。それぞれが話したいことを話すと思い思いに過ごしはじめる。
私は運ばれてきたシフォンケーキを切り分けて、クリームを乗せる。ナランチャはそんな私をじっと見ていたかと思うと「あ!」と立ち上がった。「なあなあなあ! 昨日! 昨日のことなんだけどさあ!」フーゴとアバッキオ、そして最後に私を見て、思い出したことを教えてくれた。ピッ、と私を両手で指差す。
「なまえとケーキ屋の主人が二人で歩いてたの見ちゃったぜ〜!」
ああ。その話か。フーゴがセッティングした、というのも微妙なので、適当に「うん。前に店先で喧嘩仲裁したお礼だって」と言った。
「よくそんな厳つい女をデートに誘おうと思ったな」
フーゴも適当に合わせてくれた。捕まえて関節技を決めながら笑う。
「普通に楽しかったけどね」
「じゃあ付き合うのか? お付き合いしちゃうのかよお〜!?」
フーゴが私の腕をバンバン叩くので解放してあげて、シフォンケーキを切る作業に戻る。
「うーん」
例えば、ボディガードとしてではなく、ただの恋人として付き合うとしたなら。
「それも楽しそうではあるなあ」
「おっ! 告白しちゃうのかァ〜〜!?」
「してみようかな?」
「ヒュ〜〜!!」
良い人だし、店での評判もいい。冗談半分に真面目に考える。心配なのは、私がより近しくなることで面倒なことになりはしないか、という事だ。変な噂が立ったら申し訳ない。
目を輝かせるナランチャには悪いが、だからやっぱり無いのである。口を開きかけると、椅子がひっくり返る音がした。驚いて音のした方を見る。アバッキオが転んでいた。
「なにしてんの?」
「二日酔いか?」
私がそっと近寄ると彼は大きく頭を振った。
「ちょっとバランスを崩しただけだ」
私とナランチャ、フーゴは顔を見合せたが、アバッキオがいつも以上に何も話そうとしないので黙っていた。その後やってきたブチャラティは二、三仕事の話をしたあと、アバッキオに呼ばれていたので、アバッキオはブチャラティにだけは事情を話したのかもしれない。
私たちは気を使ってさっさと解散した。
次の日に集まった時には、アバッキオの様子は粗方戻っていた。あくまで、粗方、である。戻らなかったのは私への態度だ。
「おはよう」
挨拶に対して、本当になんの反応もなくなった。やりすぎだろうと思うくらいに、徹底して存在しないものとされている。それはそれで気を使うだろうに。
というか。その話はもう済んだと思っていた。私はアバッキオを掴んで引き止めた。アバッキオが私の存在を無視し始めて一週間のことであった。
「さすがにそれは」
「……ムカつく、かい?」
「いや、ムカつきはしないけど」
「ならなんだ?」
「そんなふうに、一人で勝手に私に期待したり、失望したりされたら困る」
しかも、そうする理由は全て彼の腹の中に押し込まれていて、私には結果しか見えてこない。ブチャラティに連れられて来た時、なにか理由があって私と関わらないようにして、私が追い回した後、なにかを許されていたけれど、私がナランチャとふざけて恋愛の話をしていたのを聞いて、全てをシャットアウトすることに決めた。「嘘だな」アバッキオは言う。
「おまえは困ってなんていねーだろうが」
「困ってるよ」
「本気なら、おまえはオレをぶん殴っているだろうよ。それがないってことは、おまえはオレとケンカをする気すらない」
「……なんで、ケンカが必要なの?」
「ケンカができるってことは、対等だってことだろう。じゃなきゃ、ケンカにならねーからな」
それはつまり私の感情が見たいと、あるいはぶつけてほしいと言っていることにならないか。
「話し合いの道は」
「そんなもんねえよ」
「アバッキオは解決方法がわかるの?」
「ああ、わかる。自分のことだからな」
「それって?」
「今やってんだろ。これが、一番周りに迷惑がかからねーやり方だ」
アバッキオはずっと怒ったような目でこちらを見ている。私を挑発し続けて、私が感情を返すのを待っている。私としては、ちゃんと返しているつもりなのだけれど。
「もちろん、おまえにもだぜ」
今の状態が、一番迷惑がかからない。彼の言葉を反芻する。
「ま、てめーにゃわからねーだろうけどな」
アバッキオがなにをしたいのか。あるいは何を望んでいるのか。わからないわけではない。私の予測はきっと正しい。それを思うと、ケンカをしようなんて気持ちにはなれなかった。
「少しは怒ったか?」
「怒るのは苦手」
「だろうな。おまえはそういうやつだよ」
せっかく仲良くなれたと思ったのだが、彼の背負い込んでるものは随分厄介で、彼自身でもコントロールが難しいようだ。
「本気でムカつくってんなら、話してやってもいい」
アバッキオの言うことと、私の感情が一致しない。あなたの言うムカつくとは、どういう感情のことを言うのだろう。彼は私の手を振り払って去って行った。


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20220514
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