昨日は夜通し賭場にいた。厄介な客が来たとかで呼ばれて行ってみれば、店の権利を賭けて勝負の最中だと言う。前にワインを差し入れてくれた店とは別の店である。普段からあまり言うことを聞かなくて手を焼いていたが。「勝手なことを」挙句負けそうになっていては世話はない。後で説教だ。
事態の収集には一晩かかった。勝負事のみでカタがつくかと思われたが、明け方、追い詰められた相手が私に掴みかかってきた。最初からそうしてくれれば話は早かったし、私が出て来る必要もなかったのに。それよりもがっかりしたのは、なりふりかまわず暴力に訴えかけてきたことだ。これさえなければ厄介な勝負師として私の中に記憶されただろうに。「残念だ」本当に。足を真上にあげて顎を蹴りあげる。
「叩き出しておいて」
原因その一の始末は済んだ。もう一つの原因、店の経営権なんてものを賭けて勝負を受け、負けそうになっていた男に声をかけると「あんたが出て来なくても勝ってましたよ」などと言うので鼻っ柱を折っておいた。もちろんカードでである。そんなことをしていたせいで昼過ぎになってしまった。物理で殴っておけばよかった、と欠伸をしながら店を出る。
「お疲れ様です」
裏口の扉を閉めると、外で待っていたらしい、今回の件を私に知らせに来た男が頭を下げる。「お手を煩わせてしまってすいません」いつからそうしていたのかは知らないが、彼を責める気はない。「いいや。よく知らせてくれた」知らせてもらえなければ店の権利を奪われていた可能性がある。もしそんなことが起これば面子が潰れるどころの騒ぎじゃあない。
「どうにも私は舐められてていけないね」
あれだけやっても、女である、という弱味(と彼らは信じて疑っていない)に付け込み反抗してくる可能性はあった。おそらくブチャラティならもっとうまくやるのだろうが。
肩を叩いて頭をあげさせると、男は少し困ったように笑った。彼と、他に数人直属の部下がいる。ブチャラティのチームの中の、さらに私のチームという体系だ。この男とは特に付き合いが長く、昼でも夜でも関係なくサングラスをかけているのが特徴である。
「あなたは、いちいちどんなヤツの喧嘩も買っちまいますからね」
「結果、勝てそう、と思われてちゃあしょうがない」
「実はそういう人が一番スゴイんすよ」
「適当なことを」
半分閉じかかった目で睨むと「適当なもんですか」と彼は言って、通りをちらりと見た。
「外に車を回してあります。家まで送りますんで早く寝てください」
「準備がいいね」
「店で寝られるとおれが見張ってなきゃいけませんから」
やはり舐められている気がする。彼にという意味ではなく、見張っていないと店の連中が私になにをするかわからないというのがまずい。
「それは」
「一回寝ると、なかなか起きねえんだから」
「……そっちか」
確かに、車で運んでもらっている途中で眠って、気付いたら自室のベッドの上、ということがあった気もする。限界まで動き回って、充電の切れた家電のように寝ている。誰に言われた言葉だったか忘れたが、そう言われたことがある、と話すと、彼は家につくまで笑っていた。
あまりに大笑いされるので、家につくまでどうにか眠らないように眠気と戦い、自分の部屋に入るとどうにかシャワーだけ浴びて寝た。
眠れば大体の疲れは飛ぶし動けるようにもなる。
夕日が差し込んできているのをぼんやりと感じていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。上品な音だ。フーゴだろう。
「なまえ、起きてますか」
「起きてるよ、ちょっと待って」
返事をすると適当に着替えて玄関扉の鍵を開ける。
「おはよう!」
「おはようございます。夕方ですけどね」
フーゴは呆れているが、安心した風でもあった。サングラスの彼が血相を変えてレストランに駆け込んで来たので心配していたのかもしれない。時間はかかったが大した相手ではなかった。
「ごめん、わざわざ」
「いえ、こちらこそ。用は、さほど急ぎって訳でもないんですが」
「うん」報告は既に済んでいるはずだから、彼の言う『用事』は仕事の話ではなく、個人的なことかもしれない。「ああそうだ」彼は丁寧に手土産まで持ってきてくれたらしい。紙袋を持ち上げて言う。
「食事は取りましたか。まだならこれを食べておいてください」
「ありがとう」
中身はサンドイッチだった。マヨネーズと辛子の匂いがする。紙袋を受け取って、中へ入ってもらう。お腹がすいていたので、貰ったサンドイッチを食べながらお茶をいれる。
「そう言えば昨日からなにも食べてない」
「だと思いました」
「これ美味しい。サーモン入ってる」
「ええ。ぼくの最近のおすすめですよ」
「美味しいわけだ」
貰った分はぺろりと平らげる。あまいものが食べたくなってきたな、と冷凍庫からアイスを取り出す。いちご味とキャラメル味のアイスがストックしてあった。どちらがいいかフーゴに聞くと、彼はいちご味を選んだ。
「ありがとうございます」
フーゴがアイスとスプーンを受け取った。その左手の先に切り傷を見つける。血は止まっているようだが、赤く線が入っている。
「どうしたの、その傷」
フーゴは「え?」と私が指さした箇所を見つめた。心当たりがあったらしく「ああ」と言うと、傷を撫でた。
「さっきナランチャにナイフを突きつけられた時に切ったかな」
「物騒だねえ」
「あなたが一番物騒でしょう」
そうだろうか。スタンドの能力にしても自力にしても最弱であると自負しているが。私はフーゴに絆創膏を渡す。血は止まっているが引っ掛けたら広がってしまうかもしれない。無言で手を出すように示すと彼は大人しく私に絆創膏を貼られていた。
「あなたが、というか、あなたの周りがですけど」
「ああ」
「また胸糞悪い仕事だったんでしょう」
「気分のいい仕事、なんてあんまりないよ。ギャングだもの」
「それはそれ、これはこれ。女だからって舐められるのは気分が悪いでしょ。少なくとも、ぼくたちにはそれはない」
フーゴはフーゴで子供だからとかお坊ちゃんだからとか言われているのを知っている。その事実と、女だからと言われるのは同じくらいに変え難いことである。私は「誰にでも文句のつけどころっていうのは存在するし」仕方のないことだ。それよりも。
「私、今、機嫌悪そうにしてる?」
「いえ、あなたが見るからに機嫌が良さそうな時、というのは胸糞悪い仕事の後だと知っているだけです」
「ああ」折角気を使って手土産まで持ってきてくれた相手を睨み付けているのかと心配になったが、睨み付けていないとしても心配をかけていた。どうしたものかと一瞬考えるが、その空元気さえなくなったらいよいよやばい。いつも通りにニコリと笑って見せた。
「今日のはそれほどでもなかったと思うんだけどね」
「手伝ってもらったらどうですか?」
「誰に?」
フーゴは私からスイ、と目を逸らした。――あ、これが本題か。
「……アバッキオ、とか」
「手伝ってもらうほどの仕事じゃないしなあ」
「彼、背が高いからぼくやナランチャを連れてるより威圧感ありますよ。連れて行くだけでも仕事が減るんじゃあないですか」
「それはそうかも」
「少なからず、というか、大体、あなたが女だから暴力に訴えかけてくるんでしょう」
それはそうだ。女が一人で歩いていたら『勝てそう』と思われても仕方がない。むしろ『なんとでもなりそう』と思うかもしれない。もしもアバッキオを一緒に連れて行ったなら、フーゴの予測通り襲ってくる人間は減るだろう。減るだろうけれど。
「……流石にそれはね。私の仕事だし、つれて歩くなら私の部下だっていいんだから」
「案外、喜ぶかもしれませんよ。頼られたら、嬉しいかもしれない」
「あと普通に言い出しづらいよ。後ろに立ってるだけでいいからついてきてほしいとか」
「何言ってるんです。彼にしかできないことですよ」
「確かに知り合いの中じゃ一番背が高い。背が高いのはいいことだよね」
「だからあなたもヒールなんて履いてるんでしょ」
「あはは」
足は痛む、機動力が落ちる、いい事などひとつもないように思われたが、見た目を整えたら外見で笑われることは減った。いくらか『らしい雰囲気』を出すことには成功している。フーゴとはじめて会った頃には既にこのスタイルだったから、これについて『雰囲気を出す為のもの』だと気付かれているとは思わなかった。
「フーゴは意外と人を見てる」
「意外とってなんですか」
「もう一枚絆創膏をあげよう」
「いりませんよ。何枚持ってるんだ」
「割といっぱい」
「もっと持ち歩くべきものあるでしょうが」
「靴擦れした時とかに、役に立つ」
「するんですか?」
「もう滅多にしない」
フーゴは全身を使ってため息をついた。
「まったくもう……けど、実際結構いい手だと思いますよ。もしくはそうだな。人相の悪いガタイのいい恋人でも作ったらどうです?」
「ええ……?」
「適当に利用したいっていうなら、ぼくがリストアップしましょうか」
「いらない……」
「どうでもいい感じの人選でしょう。任せてくださいよ」
「いらないって……」
結局、独身でそういう仕事を引き受けてくれそうな若い男のリストを貰ってしまった。妹の店の店主や店員までいて、一体何基準で選ばれた人達なのか。それは少し気になった。


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20220514
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