地面には雨が残っていたけれど、快晴の空は昨日のことなどまるで忘れた様子だった。いい日だなとレストランの窓から空を見る。ナランチャに勉強を教えていたフーゴがキレたせいで飛んだナイフが、一般客の方へ飛ばないようにキャッチして、落ちたフォークを拾い上げる。「ごめんね」近くを通った店員に渡す。「壊したものは弁償するから」請求書はブチャラティに送っておいてくれ。私が言うと、そのウエイターは私を労うように苦笑した。店員は慣れているが、驚いている客もいる。これを楽しみにしている客もいることが若干の救いではあるが。
私が遠巻きに二人の喧嘩を見守っていると、ブチャラティが人を伴ってやってきた。連れの男と目が合う。
「アバッキオだ」
ブチャラティが連れて来たその男からは酒と、微かに女物の香水の臭いがした。おいおいおいと思ったが、ブチャラティが連れてきたのだからまあ大丈夫なのだろうとも思った。また厄介そうなのを拾ってきた。それだけのことだ。私が心配するようなことではない。
「よろしく」
私はその男に手を差し出した。ナランチャとフーゴは警戒している。だから私はほとんど無警戒で手を差し出したのだが、その手が握り返されることはなかった。アバッキオは私の手をじっと見つめた後に冷めた様子で吐き捨てた。
「あんたのチームってのは、随分なんでもアリなんだな」
開きかけた口が言葉を発する前に閉じる。ブチャラティに報告しなければいけないことがあるし、大したことを言われた訳では無い。私はにこりと笑っておいた。
「ーー気色悪ィ」
私が言い返さなかったことが、アバッキオにとってはまた腹立たしいことだったのか、彼は遠慮なく私へ舌打ちをした。フーゴが私を不安そうに見て、ブチャラティもまた私を見ていたが、仕事の話をしはじめると二人ともが「そうだったな」というような顔をして自分のやるべきことに戻った。アバッキオだけが変わらず不機嫌そうにしている。
以来、私とレオーネ・アバッキオとの関係は良好とは言いがたい。
例えば別の日のことだ。皆が溜まり場にしている店にアバッキオがやってきた。私が最初に気が付いたので「おはよう」と挨拶をしたのだが、当然のように無視された挙句、わざわざ椅子を引っ張って遠くに座られた。更に別の日は町で会った。まさにばったりという感じである。私はにこやかに「チャオ!」と手をあげて挨拶をしたが、アバッキオは鬱陶しそうに息を吐いて私の横を素通りしていった。
徹底しているな、と背中を見つめ、まあいいかと自分の目的地へ歩を進めた。
今日もまたレストランでアバッキオに「おはよう!」と挨拶をしたが、やはり返事はなかった。ナランチャもフーゴも驚かないが、宙で霧散した私の挨拶を哀れに思ったのか傍に寄って来た。
「なにかしたんですか」
なにかするような暇もなくこの有様である。それはフーゴも知っているはずだが、ある程度アバッキオと打ち解けている二人はひたすらに不思議がっている。
「本当ですか? 嫌われるようなことを言ったのでは?」
「私の方に心当たりはないけどね……?」
「わかった! 顔が気に入らねえんだッ!」
「ナランチャ。今度お菓子持って来た時ナランチャの分ナシね」
「そ、そりゃねえよォ〜ッ! ごめんごめんごめんって〜ッ!」
「どうしようかなあ」
「あ、じゃあ、ぼくに余分に下さいよ」
ナランチャにがくがく揺らされながら笑う。アバッキオは鬱陶しそうに鼻を鳴らしていた。ブチャラティが連れて来た日はひどく顔色が悪かったが、今はいくらかマシになっている。私と仲良くする気は依然ないようだが、ブチャラティやナランチャ、フーゴのことは気に入っているようだった。それならば特に文句も問題もない。ナランチャの頭をガシガシ撫でた。
「許した許した」


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202205014
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