彼女は、基本的に単独行動ばかりしている。
人付き合いが苦手というわけではいはずだ。誰とでも仲良くしているし、話しかければとてもにこやかで明るい。およそ後ろ向きの言葉が彼女がら出てくることはなく、どんなことも前向きにとらえている。もっともそれは、努めて前向きにしていると言うよりは、前向きにとらえることしかできない、というような病的な性質に見えなくもないが。
だからぼくは、彼女のことが怖いと思う。
いや、ぼくだけでなく、ブチャラティやほかの仲間ですら彼女を怖がっている。露骨に、というわけでもないが、遠巻きにしているのが伝わって、彼女もあまりこちらへ寄っては来なかった。
だがそれは、仲良くしたくない、近寄りたくないという気持ちとは違っていて。確かに怖いと思うのに、彼女の傍はなぜだかとても過ごしやすい。矛盾した気持ちのまま今日もぼくは、彼女に用があった。
ブチャラティに居場所を聞けば「今日は、そうだな、海の傍じゃあないか」と言った。外は今にも降り出しそうな曇り空だ。
「海、ですか。こんな天気なのに」
「天気は、きっと関係ないな。彼女は海が好きだから」
ぼくは彼女が好きでないものを知らない。その理屈で言えばどこにでも出没することになるが、ブチャラティの勘はよくあたる。「わかりました、探してみます」「悪いな」ブチャラティは、彼女が見つかると信じて疑っていない様子であった。海の傍だなんて、人一人を探すには雑すぎるヒントだ。
仕方が無いので海辺へ向かうと、途中で雨が降ってきた。傘を差して歩いていく。視界も悪ければ効率も悪い。途方に暮れて止まりそうになる足を必死に前に出す。
だんだんとイライラしてきた頃、傘もささずに海を見つめる少女がいた。見つめる、と言うより堤防から覗き込むようにしている。膝も手のひらも地面に着けて、泥がかかるのもお構い無しだ。
「君、一体どうしたんだ?」
「あ」
少女が海面をみて声をあげるので「ン?」ぼくもその視線の先を見た。波が打ち寄せているが、それとは別に海面が盛り上がってきて音を立てる。
「わあああッ!?」
ぼくと少女は同じような声をあげたが、その感情は真逆であるように思えた。ぼくは驚きで、少女は感動、だろうか。何故、と思いながら見ていると、海面から今まさに探している人が顔を出している。彼女は少女に手を振って、なにかを手渡していた。おもちゃの指輪だ。いやいやいや。それよりも。それよりもッ!
「なッなにやってんだあんたはッ!」
「ああ、フーゴ。ちょっと引っ張ってくれる?」
「引っ張ってくれる、じゃあない! そんなところにいたんじゃ一生見つけられねーだろうがッ!」
「ごめんごめん」
手を貸してくれ、と言いながら、ぼくが叫んでいると自分で海水をざぶざぶ言わせながらあがってきた。
「待ってろ、とは言ったけど、屋根のあるところで待っててよかったのに」
少女は首を振って、手の中の指輪を見てから、彼女を見上げてにこりと笑った。「ありがとう」「どういたしまして」ひらひらと手を振って見送る。状況から察するに少女が海に指輪を落としたのだろうか。ぼくが訝しがっていると、彼女は「まあ、落ちて時間が経ってたら探せなかったけど、落ちた瞬間を見ていたから」とわかるようなわからないような説明をした。海に落ちた時点でどちらでも同じだ。けれど、彼女のスタンド能力は彼女に『見えているもの』に作用する。見えているものに対して、数秒だか、数十秒だか先の未来が見える。……見えたとしても、普通の人間であれば海の中までは追いかけられない。そもそも、追いかけようなんて思わないはずだ。変な人だ。相変わらず。服を絞っている彼女の頭の上に傘を差し出す。
「いいよ傘なんか。今更って感じだ」
「よかあないですよ。風邪ひいたらどうするんです」
「あれさあ、バカは引かないから大丈夫。フーゴが使ってよ」
大丈夫、と繰り返し、周囲をきょろきょろと見回す。本当に大丈夫。と何かを探している様子だ。海の中に落ちた指輪を見つけられるのに一体なにを探さなければいけないことがあるというのか。
「傘、確かその辺に投げたからあるはずで」
「ああ、持ってきてたんですね。どこです?」
「あのあたりに投げたと思ったけど。ないな。盗まれちゃったかな」
まあいいかと、彼女は言った。ぼくは呆れている。
「で?」
「え?」
「探してたんでしょ。さっきそう言った」
「ああ」
雨の中で全身濡れている。さぞ不快だろう。そのはずなのに、彼女はまるで快晴の空の下に立っているみたいだった。ぽたぽたと前髪から落ちる雫は雨水と海水が混ざっている。ぼくはその様子が気になって堪らないのに、彼女が気にしている様子は一切ない。気味の悪い潔さが恐ろしい。
「頼みたい仕事があったんですよ」
「ああ、いいよ」
「いや、ちゃんと詳しい話を聞いーー」
「最近、町の北側で揉めごとが多いから、それの原因調査」
ぼくがそう説明する未来を見たのか、ぼくが自分に頼みそうなことを知っていたのかはわからない。「そうです」仕事についてもっと詳しい情報を提供できる。そのために来た。「そうですが」我慢の限界だった。
「明日にしましょう。そんなに急ぎの話じゃないし」
「いいよ。行こうか。今から」
「自分の格好見てください」
「ん?」
彼女は言われて自分の格好を改めて確認すると、呑気に「確かにひどいな」と笑った。「一回帰って着替えたほうが良さそうだ。傘も盗まれてどっか行ったし」ぼくはやはり、彼女が濡れ続けているよりぼくが濡れるほうがストレスが少なくて、傘を差し出した。
「送ります」
「そんなことしてくれなくても大丈夫だよ」
「いいから、送ります」
傘を押し付けあっていたが、その問答を続けるのが嫌になったぼくがキレるのを見て、彼女は大人しく傘を差し出されていた。


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20220510
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