村へ到着したのは早朝だった。
ホテルも取らずに、キャリーケースを引いて村を歩いた。ブローノの家へ行ったが留守であった。漁だろうか。家の前で待っていればそのうち帰ってくるだろうとぼんやりしていると、彼の父の漁師仲間に「病院だよ」と言われた。ブローノの父は何者かに銃で撃たれて重体だそうだ。ブローノはそれに付き添っているらしい。
ならば病院に行けばいいかと歩いていると、いつもの海岸に座っているブローノを見つけた。「――――」声をかけようと口開けたが、彼の横顔から何やらただならぬものを感じてぎゅっと唇を閉じた。なんだそれは。何故、君がそんな顔をしている。ただ、父親が怪我をさせられたという話ではなさそうで、彼の失くしたものの大きさを推し量り、勝手に慌てた。荷物を放り出して彼の側へ走る。近くへ行くなり両肩を掴むと揺さぶった。
「なにがあった!?」
ブローノは一瞬驚いていたが、私だとわかるとニコリと笑った。
「ブローノ」
「うん」
「ブローノ!!」
「ここにいるよ」
私はなぜあの時判断を先延ばしにしたのだろう。そばにいたら、そういうことは、全部私がやったのに。私がそちらへ行こうとしたのに、彼がこちら側に来てしまった。
「二人、殺した」
これからもっと殺す。彼は言うと、私の顔に手を添えた。
「同じになったね」
まるで鏡を見ているようだ。異様に晴れ晴れとした瞳同士が向かい合う。
「けど、君の方がきれいだ」
私は彼のその手を掴み、珍しく真面目に怒る。
「言ってる場合か……?」
「本当だよ。君はぼくよりずっと強いから、きっとそんなにきれいなんだ」
「喧嘩は確かに、そうかもだけど」
「喧嘩じゃなくても、ぼくは君が下を向いているところを見たことがない。いつも、怖いくらいに真っ直ぐだ」
買い被りだ。私はなにもしていない。ただの犯罪者で人殺しで、それをなんとも思っていない。冷たいだけだ。外側だけ取り繕っているだけの、こういう人間のことを、普通の人は。
「ぼくはギャングになる」
そう、そんなふうに呼ぶ。
「父さんを守るには、組織の一員になるしかない」
ブローノは私の手を握り返した。ここ最近選択の連続だ。だからだろうか。わかってきたこともある。大抵の場合、選択しなければと思った時、既に何を選ぶか決めている。大事なことであればあるほどにそうだ。私は考えるより先に父にナイフを向けたし、今だってそうだ。私は彼が何を言おうとしているか、何が起きたのかわからない内から、この手を離すことは無いと決めている。
「ここにいてくれるなら、君のことも守るから」
だから、と彼は言う。
「この村にいて欲しい」
この村にいて、僕の帰りを待っていてほしい。などと、ブローノ・ブチャラティは拍子抜けするようなことを言った。ここに来て、なんでそんな言葉が出てくるのか理解不能だ。じっと見つめると、嘘はついていないとわかる。本心かどうかは、これから暴くことにする。「ハッ」一笑に付す。
「断る」
言葉にすると感情が追いついてくる。この熱の入り方は父が死ぬ直前の姿を思い出させた。ブローノは目を丸くして泣きそうになっている。おまえは一体私の何を見てきたんだ。
「別に私はこの村が特別気に入ってるわけじゃない」
手を離して、胸ぐらを掴みあげて頭突きをする。勢い余って鈍い音がした。爽やかな海と空に似合わず、蒸し暑い感じだ。ブローノを見据えて言い放つ。
「私は既に『ここ』を選んでいる」
他のどこでもなく『ここ』だ。『ここ』こそが、父と母が私に見つけてくれた場所であり、私自身も選んだ場所だ。理屈はいい。そういうのはブローノに任せて、私はただ魂から『ここ』にいることを望む。
ブローノは再び私の手に自分の手を重ねる。彼の手は震えている。いや。震えているのは私の手かもしれない。怖いのだろうか。父にナイフを向けた時でさえ震えはすぐに収まったのに。ゆっくりと手の力を抜いていく。彼の手も、私の手も震えている。彼が恐怖していることはなんだろう。私はきっと、この手のひらに拒絶されるかもしれないと恐怖している。優しい彼は私を巻き込んではくれないのかもしれないと恐れていた。彼はどうだろう。生来の水臭さから、私を巻き込んでしまった場合の、最悪の未来、なんてものを考えているのかもしれない。
「後悔しない?」
如何にも、という感じの言葉だ。私の予測は当たらずしも遠からずであろうか。私は笑う。私の母がそうしたように。例えその最悪が訪れたとしても笑うのだ。
「一体なにを後悔したらいいのか、わからないな」
「ギャングになるんだ」
「いいんじゃないの」
「大変なことも、きっと、たくさん」
「バカにしてんのか」
ただ生きるのだってこんなにも大変だ。たぶんなにをしていたって大変なのである。隣の芝生は青く見える。選ばなかった道はいいものであるように見える。それだけの話だろう。
私から言える言葉はなくなった。大人しくブローノの言葉を待つ。人間が二人居るというのは楽しくも難儀なものだ。もう返事は聞いたも同然だが、ブローノからも聞かなければフェアではない。
ブローノは私から数歩離れ首を傾げる。懐かしい。はじめて会ったあの日。どうにか岩場から猫を助けた後、私がさっさとその場を立ち去ると、ブローノはわざわざ私を探して、伺うように声をかけてきた。
「……そういえば、今回のお土産は?」
「なんだいきなり! ごめんないよそんなもん! こっちも結構バタついてたんだから」
ほとんど身一つだこっちは。――あの時の私は母を真似て、母が知らない子供にするようにニコリと笑った。ブローノは安心したように体から力を抜いて、すっとこちらに手を差し出した。
「ぼくは、はじめて会った時から、君が欲しかった」
友達になろう、彼は言った。私は頷いて、彼と同じように手を差し出した。握手など、なにしろはじめてするものだから、全部彼の見様見真似であった。
「それでいいんだよ」
それで、これからどうしたらいいんだっけ。ギャングになるってどういうことだろう。あの日の私は、友達になるってなにをするんだろうと、一晩中考え続けていた。なんだ。七年経ってもあんまり変わってないんだなあ。


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20220506:To Be Continued
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