08 二人目の先生


彼女はあまりに綺麗に人ごみにまぎれたので、うっかり見落としそうになってしまったけれど、どうにかこうにか、追いかけた。
数度角を曲がると、彼女はくるりと振り返る。
その両の目はしっかりとこちらを見ていた。

「あの、なにか?」
「こりゃ驚いた……、流石はS級ヒーローじゃのう」
「え、はい、でも、あ、貴方は確か、シルバーファングさん?」
「ほっほっほ! 知っておったか。ところでもう顔は隠さなくても良いのか? ワシももう年じゃからの、今ならまだ記憶から抹消出来ると思うが」
「いえ、そうですね、インターネットとかで触れ回るような方でもなさそうなので、たぶん大丈夫ですよ。それに、元来そこまで必死に隠している訳では無いんです」
「そうか」

強い女、と言うと、一番に思い浮かぶのは、S級2位のあの超能力者であるが、目の前の彼女はそのタイプに属するものではなく、不躾にあとをつけたわしに、頭を下げて見せた。
ここまででわかったのは、案外普通の高校生であることと、彼女は、なんとなく強い訳では無いということだ。
武術の心得、とも少し違う気がしたが、なにか流派のようなものは見え隠れする。

「えーっとそれで、私になにか……?」
「おう、そうじゃった。お嬢さん、最近S級になったばかりのなまえさんじゃろ? どうじゃ? 1度ワシの道場に遊びに来んか?」
「えっ?」

女子高生にこの声のかけ方はまずかったりするのだろうか。
しかしこんなジジイの言葉にそれほどの危機感を感じることがあるものだろうか?
彼女を見ていると、驚きの表情から、だんだんと目が見開かれて、何かを期待するようなキラキラとした視線をもった、少女の顔へと変わって行く。
ん?

「それってつまり、貴方の武術を、教えていただけるってことですか?」
「あ、ああ、そうじゃ」
「本当ですか! 今から!?」

彼女は、世間では、顔を隠した謎の多い少女と語られていて、何も語らないせいで好き勝手な噂が交錯している。
全く気にしていないような素振りと。
わしの武術に興味を持つ姿勢。
やはり、なんとなく強くなったわけでもなく、何故かランクがあがってしまったというわけではなく、彼女は、なるべくしてS級になったのだとわかる。

「そんなに喜んでもらえるとは思わなんだ。それならば気合を入れて準備をしておくから、連絡先を教えてくれんかの?」
「はい! 連絡お待ちしてます!」
「ほっほっほ! そうかそうか、武術ははじめてか?」
「たぶんはじめてです」

少し考えてからそう言った。
戦いを教わった師匠はいるようだ。
彼女のような普通の少女をS級ヒーローにまでするとは、かなりの強者のようだ。
その師匠とやらにもいつか会ってみたいものである。
それにしても、もし彼女が頻繁に道場に出入りするようになったとしたら、チャランコは喜ぶだろうか、それとも、自分よりも強い年下の少女の出現に悔しがるだろうか。
連絡先を受取りながらそんなことを考える。

「シルバーファングさん、ありがとうございます」
「いやいや、バングで良いぞ」
「あー、よかった」
「なんじゃ、そんなに武術を習ってみたかったのか?」
「え、いえ、あー、それもそうなんですが、バッドくんからS級ヒーローは変人の集まりだと聞いていたので、うまくやっていけるかなあと」
「何を言う、君ならそう心配することもないだろうに」
「そうでしょうか」
「そうじゃろ」
「そうですか! それならよかった! できれば、仲良くやれたらと思っているんです」

ぱっ、とすぐに笑って。
なんてことない普通の女子高生だけれど、彼女は強くあろうとしていて、S級ヒーローを全うしようとしているように見える。
なにか理由があるような気がした。
彼女の両目はどこか遠くを見つめている。
S級3位のワシでもなく、きっとタツマキでもなく、もっと高く、どこともしれない場所を見つめている。
彼女にとってそこは、キラキラと光り輝く場所なのだろう。きっとそんなことを指摘しても、彼女は「そんな大層なものではない」なんて言いそうだけれど。

「それでは、バングさん。本当に連絡待ってますからね! あ、平日でもこのくらいの時間からなら大丈夫ですよ!」
「おう、わかった」

手を振る少女に、もう一度声をかける。

「なまえさんよ」
「はい?」

振り返る彼女は、どこか楽しげな雰囲気をまとっている。

「いや、なんでもない。ワシも楽しみじゃ」
「はい! ありがとうございます!」

律儀にもう一度頭を下げて、彼女はさっていった。
今度は人ごみに紛れる必要などないのに、もはや癖なのだろう、さらりと人の中に消えてしまった。

「なまえ、か……」

もっと話をしてみたかった。
道場に遊びに来る日には、夕飯も食べていかないかと誘ってみることにしよう。
何の為に、強くなったのか。
何故、ヒーローを志したのか。
どこを目指して、まだ強くなろうと行動するのか。

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20160614:こんなことしてたらまた前のくらい長くなる気しかしませんが大丈夫ですかね。
 
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