はじめての宝物10S


そうして俺は思い知る。
俺の中に燻る想いがどういう類のものなのか。
その時浮かんだたった一つの言葉を、今でもしっかりと覚えているし、今でもしっかりと持っている。
捨てることを覚悟したこともあったが、それは、なまえの選択によって捨てない覚悟に変わった。
なまえの腰にはあの刀。
今でも変わらず存在感があって、美しい。
俺が見ていると、なまえは俺を見上げて首をかしげた。

「……どうかした? おなかすいた?」
「どうもしない」
「そう?」

どうもしない、という俺はどうにもうまく無表情を作れていなかったのだろう。
なまえは、すっきりとはしていない様子だったが、結果的にはそのまま横を歩いている。
ある場所へと続く、いつもの道。
山を登る足取りは極めて軽く、俺は、どうやら楽しみにしているようだ。
つながる手の、指先はゆるりと絡んでいる。
そういえば、恋人になってから鍛冶屋の元へ行くのははじめてだ。
この道へ、この山へ来ると思い出すのはただ一つの、刀に関する記憶。
鮮明に覚えている。
大怪我をして、それでも、なまえは目を覚ますなり飛び起きて、俺に言った。

「ソニック怪我は!?」

と。
その瞬間に理解した。
こいつには俺しかいない。
それは、今のところ、ということであったけれど。
でも、俺しかいないのだと、思い知った。
ふ、と笑うと、なまえはやはり不思議そうにこちらを見上げる。

「随分、上機嫌だね?」
「ああ」
「それはなによりだけど……、んっ」

ぶつかるようなキスを落とす。
突然のことに目を泳がせて赤くなっているが、ほどなく、へらりと笑った。
幼い頃から、なまえが変わっていくのを一番近くで見ていた。
もし、あの時、俺がなまえに好きだと伝えていたのなら、きっとこうはなっていない。
いや、そうしたのなら、少なくともなまえは、サイボーグだのサイタマだのという者の存在に心を乱されることはなかっただろう。
ただ、俺だけを見ていればよかったのだから。
しかし、なまえが鍛冶屋の作った、一振りの刀に目を奪われて、それに夢中になっている姿を見た時。その時俺が感じたものを握りつぶさないことにした。
ひどく焦って、気持ちが悪かった。けれど、もう少しだけ明るい感情もあった。
こいつはこうして、自分で選ぶこともできる。
刀をうらやましく思うなどばかげているが、残念ながら、羨ましいと感じた。
暗闇の中で飼い殺しにされていたなまえを拾ったのは俺。
気付いたのは、その俺についてきたのはなまえで、その俺の隣にいたのはなまえ、いつしか俺を守るようになったのもなまえ。
なまえは、考えていない。
自分が、他の誰かについていくことなんて。
きっとまだ考えられていない。
今はただ、俺に捨てられるのが嫌で、俺がいなくなるのが怖いのだと、あの時理解した。
そんなこいつに俺がやらなければいけないことは、「好きだ」と伝える事ではない、唯一という鎖で縛り付ける事ではない。ただでさえ特別なのだから。
なんでもやってやることでも、何からも守ってやる事でもない。きっと望まれればやってしまうし、完全に放っておくことなどできやしないのだろうけれど。
なまえが、いつか、本当の自分と向き合えた時に。
なまえが、いつか、もっと他のことに興味をもって、俺だけではなくなったら。そうしたら。
そうしたらきっと。
実際には、その時にはとっくに「好き」なんて話ではなくて「愛している」になってしまっていたけれど。

「ソニック、」
「そんなことは知っている」
「え、あ、うん。ソニックの事が好きって話じゃなくて」
「なんだと」
「名前を聞いてみようと思って」
「名前?」
「ほら、鍛冶屋さんと、娘さんと、あとお母さんの話とか、聞いてみようと思って」
「いいんじゃないか」
「ソニックは知ってる?」
「知らん」
「ええ?」
「こんなに長い付き合いになるとは思っていなかったからな。タイミングを逃した。お前が聞きたいのなら、聞けばいい」
「うん。そうする」

きっと。
もうなまえは俺がいなくても生きていける。
いや、昔だって、きっと生きるくらいわけないことだっただろう。
ただ、今は、俺がいなくなったら、探すのだろうし、俺がいらないと言っても勝手に世話をやいたりするだろう。
今は、俺が何か理不尽なことをしたら殴るのだろう。
それでいい。
俺は、なまえを、愛しているのだから。
俺が近くにいることでなまえがなまえでいられなくなった時、それが俺がなまえの傍から離れる時だ。

「鍛冶屋と、その娘の名前、か」
「ん?」
「刀の名前はつけてやったのか?」
「え!!?」
「……お前の大事な相棒だろう」
「あー」
「ないのか」
「んー、音速とか、ソニックとかでいいよ」
「でいいとは何だバカにしているのか」
「いや、名前をつけるタイミングを逃したし」
「俺がつけてやろうか」
「え、大丈夫」
「……そうか」

なまえは、あいている手で刀に触れて、言う。

「名前ね、別にいらないと思ってて」
「何故」
「これ以外の刀を持つ気がないから、かな」
「どういうことだ?」
「私にとって刀といえばこれってこと」
「それはつまり、俺と言えば恋人だということと同じか」
「んぐ、なんかこう、なんだろう、うーん、いや、ソニックは」
「なんだ」
「あ、ちょ、痛いです痛いです! ちょっと握力! 握力に気をつけて……! わかった! それでいいそれでいい! 多分間違っては無いっていたたたた!」
「それでいいとはなんだその程度か」
「ああああ、最近その手の話題になると全っ然スルーしてくれませんね!!?」
「当然だ」
「うぐぅ」

なまえは少し唸った後に、ば、と真上に手を引いて走り出した。
いい度胸だ。
この音速のソニックから逃げ出そうとは。
程なく、なまえは俺に捕まり、二人して地面に倒れた。
それからもしばらく攻防は続き、鍛冶屋へつく頃には二人して泥まみれになっていた。
俺はこの時聞けなかった言葉についてすっかり忘れてしまっていたことを思うと、この勝負もなまえの勝ちであったのだろう。
こんなにも安心できて自由な場所を、他に知らないのは俺のほうかも知れなかった。


----
20160320:想像しないでね、新しい恋は。ってやつ。
prev 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -