07 ぽんこつっていうやつだ


あの時の俺は、どうかしていたのだ。
話がしたい、をこじらせて、大変なことを口走ってしまった。
けれど、その勢いが全て嘘かと言われればそうではない。
結婚なんて考えたこともなかったが、なまえが相手ならばきっと幸せな毎日を、と思ってしまうし。
実際好きは好きなのだろう。
気になって仕方が無いし、公園で少し話しをしたが、こちらを困ったように見つめる目になんだかうれしいと感じた。
ヒーローになった俺を知っていてくれたのもなんだかこみ上げるものがあって。
はじめてこちらにむけられた声を聞いていたら、いっぱいいっぱいだった。
こんなにポンコツだっただろうか?
あの後は、なまえが絞り出すように、「いや、ちょっと、おかしいのでは?」と言ったので、俺は青くなったり赤くなったりしながらどうにか「ははははは」と笑ってみせた。ジェノスは必死にフォローしようとしていたみたいだが、何かを言おうとしてはやめる、というのを繰り返していた。
ごめん。

「なあ、ジェノス」
「なんでしょう、先生」
「なまえ、やっぱあれはドン引きだったよなあ」
「その質問は5度目になりますが……」
「そうだっけ?」

なまえはなんだか泣きそうな顔で、困っていた。
悪いことをしただろうか。「ご、ごめんなさい」と深々と頭を下げると、逃げるようにその場を去ったなまえの姿を鮮明に思い出すことができる。
ただ話してみたいと思っただけだった。声がきければよくて、こっちを見てくれたら良くて、たったそれだけのことだったのに、どうしてここまでこじらせてしまったのか。
実に不思議なことだった。
どういう話をするべき、だったのだろう。

「なあ、ジェノス」
「なんでしょう、先生」
「今度会ったら、どんな話したらいいと思う?」
「そうですね……、無難に天気の話題とかどうですか?」
「天気かあ。他には?」
「次のタイムセールの話とか」
「なるほどな。まだある?」
「好きな食べ物とか、料理の話なんかはどうですか?」
「ふーん」
「カンペ書きますか?」
「え、良いよ別に……。そんくらい話せるって、たぶん」

ジェノスは不安そうに「そうですか」と言った。不安なのはこちらも同じだ。

「ところで、先生」
「ん?」
「テレビの調子が悪くありませんか」
「そうだな。さっきから何にも受信しねえ」
「チャンスではありませんか?」
「え?」
「ここに、家電修理のなまえさんの名刺があります」
「な、なんでもってんだ!?」
「買い物に行った時に見知らぬ主婦にもらいました」
「でかしたジェノス」
「はい! 早速電話してみますか?」
「お、おう。頼む」

ジェノスが、本当に必要なやりとりだけをして電話を切る。「来て頂けるそうです」と、ジェノスの言葉に何故か緊張して固くなっていたからだの力を抜くが、はたと気付く。
なまえが、この部屋にくる、ということに。
服もちゃんと着なければいけないし、掃除もしなければ。

「では、俺は昼食の準備をしますね」
「え? なんで?」
「11時頃来られるそうなので、お昼をお誘いしようかと」
「ジェノス、お前、天才か?」
「ありがとうございます」

ジェノスは少し得意げに笑っていた。
俺はなんだかやたらと焦る。
焦る必要も無いのかもしれないけれど、でも、焦らずにはいられなかった。
テレビの前のロボットがこちらを見ている、そうだ。
これについて聞いたら、また動くようになるだろうか。
黙々と掃除を続けて、服はどうしようか考えたけど、よさそうなものがわからず、なまえにもらったジャージを着て待っていることにした。

◆ ◆ ◆

「こんにちは。家電修理のなまえです」
「おー、わ、悪いなこんなところまで」
「いえ。比較的近所ですので。テレビでしたっけ。見させて頂いても?」
「おう、狭い家だけどな」
「失礼します」

ほぼ無表情のような。けれど言葉には抑揚があって、普通、のように思えた。
この前のことは気にしていないのだろうか。それはそれで少し残念なような、そうでないような。いや、やっぱり残念だ。
一方的な告白だったから仕方ない。
テレビをつけたり消したりするなまえの後ろで立ち尽くしていると、ジェノスが「先生」と耳打ちした。
は、そうだった。
会話しなければ。

「……」

なんだっけ。

「直りましたよ」
「えっ、マジで!?」
「え、はい」
「あ、うん。ありがとな……」

ジェノスがまた口を開けて突っ立っている気配がする。

「あ、あのさ、なまえ」
「はい?」
「そこの、ロボットなんだけど、それも見てもらっていいか?」
「……壊れているようには見えませんが」
「動かなくなっちまってさ」
「そう、なんですね」

なまえがひょい、とそのロボットを手に取ってくるくると渡す。
しばらくそいつを見ていた、というよりは俺には何か悩んでいるように見えた。
なまえは覚えているだろうか。
まだ髪があったときの話しだ。わからないだろうか。
けど、これらはなまえがくれたものなのだから、まったく覚えていない、ということはなさそうだ。
元々、あまり関わってほしくなさそうな感じではあった。
差出人のない手紙。
その場だけでされた手当。
触れてほしくない、そんな風に思えたけれど、俺はどうしても放っておくことができなかった。
なまえは俺の表情をちらりと伺ってから、首のあたりを一度引っ張ると、なまえはテーブルの上にことり、とそのロボットを置いた。

「お?」

ジェノスも興味深そうにこちらを見ている。
小さなロボットはすう、と目に光を点して、いつかのように数度飛び跳ねた。

「おお!」
「電源が切れていただけですよ」
「へー、そうだったのか。よかったなー、お前。これって、電池切れたりしねえのかな?」
「ソーラーパネルが背中の、このあたりについているみたいですから、たぶん電池が切れそうになったら自分で、あ、ほら、日の当たるところに移動してます」
「おおーー!」
「よくできているんですね」

ロボットは日向でじっとしている。
目の色がオレンジ色に変わっていた。

「ありがとな!」

俺が少し笑って言うと、なまえもほんの少しだけ笑って言う。

「どういたしまして」

笑っていた。
満面の笑みというわけにはいかないけれど。それでも、泣きそうな顔より全然良い。

「あ、そうだ」
「?」

俺はあるものの存在を思い出して、日向でぼおっとしているロボットに白い封筒を差し出した。
ロボットは瞳の色を変えて、それを受け取り考えているようだったので、「あいつ」と俺がなまえを指差すと、ロボットはなまえの前でぴょんぴょんはねた。
なまえは受け取らずに困っていると、いつかの俺と同じように顔面に封筒を投げられ、同じように鼻に刺さって小さく悲鳴を上げた。

「こ、れは?」

俺はに、と笑ってみせた。
ジェノスは安心したように鍋をかき回していて、なまえはまた、「ご丁寧にどうも」と呆れたように笑うのだった。


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2016/1/5:踏み込まない
 
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