はじめての宝物10
傷は、ほとんど塞がって、工房も殆ど元に戻っていた。
ちなみに私はかろうじて無事だった、娘さんの部屋をずっと間借りしていた。毎日料理の話をしたり、料理本を読み聞かせたりしたので、私もかなり知識は得た。
知識だけというのが残念な話ではあるけれど、動こうと思っても、強力な見張りがついていて不可能だった。
ソニックに、「今日も異常ありませんでした!」なんて報告していて笑ってしまう。
長くここにいたが、明日、帰るとのことだ。
「やり残したことは無いな?」
「うん、大丈夫」
「なまえちゃんー」
足にピタリとくっつく女の子の頭をなでる。
短い間だったけれど、別れを惜しまれるほどになっていたとは。
実際私も、別れは惜しい。
思えば、ソニック以外で出来た初めての友達だったかもしれない。
それもまた、残念な話だ。
その雰囲気の中へ、鍛冶屋さんがざり、と割り込む。
「の、前にだ。なまえちゃん!」
「は、はい、なにか?」
「ここにはそもそもなんで来たのか忘れちゃったかい?」
「え、でも、そんな場合ですか?」
「しのごの言わずに、これを」
ずい、と差し出されたのは、あの刀。
思わず受け取ってしまいそうになるが、触ってはいけない代物だったはず。
手を、どうにか引っ込める。
「これは?」
「もってってくれ」
ソニックの方を見ると、ソニックはじっと私を見ていた。
見守る眼差し。
怪我をして寝ている間、ソニックは時折この顔をしていて、私と目が合うと頭を撫でてくれていた。
今回も同じようにすると。
「欲しいんだろう」
と、本当のことをすぱりと言う。
その通りではある。
が。
「だって私じゃ扱えないって……」
「いやあそれに関しては悪かった。なまえちゃんこそがこいつの使い手。こいつがずうっと待ってた相手さ」
「な、なんでそんなことに?」
も、もしかしてソニック脅したりとかしていない、よね?
もう一度ソニックを見るが、当然だと言わんばかりに腕を組んで。
「そんなことになったんじゃない。はじめからそうだっただけのことだろう」
「そいういこった」
「え、ええ?」
状況がさっぱりだ。
もらってもいい、のかな。
なら、欲しいけど。
だけど。
「……」
こんな状況だ、突き返すのも失礼で、でも素直に受け取ることもためらわれた。
全力で悩んでいると。
「それなら俺がもらうことにする」
ソニックが刀を掴んで。
そして、反対の手で私の手を掴み、刀を握らせた。
あれ、これを握るの、初めてではないような。
いつ、触ったのだろう。
「これはもともと、俺がお前にやりたかったものだ」
「そう、だっけ?」
「そうだ」
「お、おめでとうぅ……」
「へ」
女の子は泣いていた。
でも、その言葉だけハッキリという。
どうして、おめでとう、なのだろう。
「今日、お兄ちゃんとはじめてあったひなんでしょ?」
そう、だったか?
たしかにこのくらいの季節だったかもしれないけれど、さっぱり覚えていない。
「そ、そう、なの?」
「……………………………………このくらいの時期だっただろう」
「それは、たぶん、うん」
「いらないのなら本当に俺が使うぞ」
「ううん、その。ありがとう。こんなにいい、ものをもらって、本当に、ありがとう」
「ああ」
受け取ると、すうっと刀を抜く。
なんだろう、ずっと使っていたかのような、違和感のなさ。
この手に収まるためにあるかのような、持ちやすさ。
ひどく馴染む。
そのまま、すぱ、と折れていた木をさらに短く切る。
刃には刃こぼれ一つありはしない。
うん、すべて予想通りだ。
これだ。
「本当に、頂いていいんですよね?」
「まだ言うか」
「…………うっ」
鍛冶屋さんはその、両目から涙を流していた。
ぎょっとする。
「ちょ、え、あ、あ、そ、ソニック!!」
「お、俺にどうしろと言うんだ!」
「あああああ、なまえちゃんがお父さん泣かせたーーーーー!!」
「ち、え、嘘、ご、ごめんなさい!」
おろおろとするしかない。
あ、やっぱりもらったらまずかっただろうか。
女の子と鍛冶屋さんを交互にみながら、慌てるだけ。
こういうときは?
えっと。
「わーーーん」
阿鼻叫喚。
「っ、いやいや、ごめんね。違うから、ほら、お前も泣き止んで」
「す、すいません、やっぱりこれ」
「返すな!」
「え!?」
「うんうん、それはソニックくんからのプレゼントだし、ずっと交渉してたんだから」
「交渉?」
「おい! もう行くぞ、なまえ!」
「う、うん。ありがとうございました!」
刀を納めて、刀を持った方の手を振る。
あいている手はソニックと繋がっていて、程なくするり、と指が絡む。
いつもと違う。
考えていると、後ろから声が届く。
「またねーーー、なまえちゃん、おにいちゃーーん!」
「また来いよーー!」
振り返ってもう一度手を振った。
そのあと、隣で少しだけ笑う、ソニックを見上げる。
「ソニック」
「どうした」
「ありがとう、ね」
この頃の私たちは今よりずっと不器用で、自分の気持ちをどうしていっていいかわかっていなくて。
いろいろな事を知らなかった。
それでも、それでも私たちは一緒にいたのだ。
笑ってしまうくらいに、離れることは考えられなかった。
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20160313:誤字脱字見直したらやばいことになってましたすいません、見つけたら直してます……。