06 きみはともだち?


なまえが、料理も作らず仕事もせずにベッドでぼうっとしていたので。
俺は思わず今日の天気をテレビで確認した。
槍が降ったり、岩が降ったり、怪人が降ったりはしないようで一安心だが、実は全然安心できない。
そっとベッドに近づいて掛け布団に触れると、なまえはびくりと震えた後にものすごい勢いでベッドの端まで後ずさって、そうしてベッドから落ちて行った。
重症だ。
かろうじて窓のカーテンだけ開いているが、それで完全に力を使い果たしているようだった。
こんな風になることは相当珍しい。

「大丈夫か」
「あ、そ、ソニックか。よかった」
「ここを知っている人間は、他にはいないだろうが」
「……」
「なんだその沈黙は」
「とりあえずたすけてほしい」
「―ああ」

少し考えたが、なまえは何か思い悩んでいる様子だった。今はやめておいてやるかと、ベッドから転がり落ちた情けない忍を助けてやることにする。
当然のように横抱きにするけれど、相変わらずこいつはなんの反応も寄越さない。
これは俺の勘だが、おそらくなまえは、俺のことは体の一部くらいに思っているのだろう。俺もそうだが、どうにもここには思う所に差異があるように感じられた。
しかし、特に焦るようなことも無いので、役得であるとばかりに、そのままベッドの端に座って、なまえを抱きかかえていた。
なまえも抵抗することもなければ、何かを気にする素振りさえない。おとなしく俺に体重を預けている。
この重さは、またこいつは忍らしくもなく何の武器も身につけずに寝ていたようだ。
いつもなら小言の一つや二つ言う所だが、目の下のクマや、少し荒れている肌なんかを見ているとそんな気もどこかへ消え去って行く。

「なにがあった」
「ははは、なにがあったと思う?」
「作業場が爆発でもしたか?」
「それはきっつい」
「十円ハゲができた」
「で、できてないから探さないで」
「味覚が消えた」
「本当にきついところから責めて来るけど、大したことじゃないよ」
「そうか」
「そう、それにこれ詳しく相談したらもっと事態が悪化する気がするから。大丈夫」

なまえはそれだけ言うとひどく自然な動作で俺にすりよると、そのままそっと目を閉じた。

「気がする、か」
「そう。最近当たり倒す私の勘」
「お前の勘はただでさえよく当たるだろう」
「そう、だったかも」
「なまえ」
「んん」

どうやら眠るようだ。
特になにも話してもらっていないが、ほんの少しだけなまえに起こったことを掴んだ。
なまえは並大抵のことではこうならない。
仕事のことではないはずだ。俺が思わず言葉を失うようなことでも、こいつはへらりと笑って仕事に向き合っている。
おそらく、自分の不調でもない。一度だけこいつがスランプに陥ったことがあったと思うが、その時は、何やってもだめだから寝る、と一週間ほど家に引きこもりほとんどの時間を寝て過ごしていた。そして、ある日今日はなんか失敗してもいいからやりたい、と言って復活した。
俺がふとんにくるまったこいつに触れた時、信じられない程びくびくしていた。俺を見た時、「ソニックか」と安堵した。故になまえは、今、自分の領域を侵されそうになっているのではないだろうか。

「しかし、怪人が相手というわけでもなさそうだな」

なまえは、人間が相手ならばまず負けることはないだろうし、怪人相手でも刀一本あればまず負けない。
条件次第では俺よりもずっと強くなるこいつを脅かすような相手。
間抜けなハゲ頭が脳裏をよぎる。
そういえば、十円ハゲ、の下りで少し反応した気がしなくもない。
まさか、なまえをここまで追い込んでいるのは、あのサイタマ、なのだろうか。
そこまで考えて、なまえを抱える手に力が入っていることに気付いた。けれど、なまえが起きる気配はない。俺はそのままそっとなまえをベッドに寝かせるとみそ汁くらいは作ってやろうと台所に立った。
どうせ食事も取らずにぼうっとしていたのだろう。
炊けている米も冷凍もないが、ストックごとなくなっているわけではない。。
あとは、ブロッコリーをゆでるくらいならできそうで、大量に肉が買い込まれているが、そういえば約束のミートボールが見当たらない。
……この有様である。まあ許してやるか。
冷凍庫をあさっていると、凍ったサケを見つけた。これを焼くことくらいなら、できそうだ。
となると、彼女が起きたときに食べる食事は白米とみそ汁とブロッコリーと、焼き鮭? 少し多いだろうか?

「粥にするか」

昔、なまえと一緒にうまいご飯というものにはまり、土鍋で炊いて二人して研究していたので、おそらくできるだろう。この鮭を焼いて粥に入れよう。きっと美味い。

「ん?」

ふと作業場を見ると、そのあたりに転がっていたパーツが減っているような気がした。
そのあたりに無造作に転がっていたのはたしか、サイボーグか何かのパーツだったような。

「……」

また合法ではない修理の依頼でもあったのだろうか。
この稼業をはじめたばかりの頃はなまえも俺と同じ用心棒のようなことをしていたが、今ではすっかりそんな裏稼業の仕事も受けなくなっていた。
受けなくなった、というよりは、気が向いたら受ける、という感じだろうか。
ひどくお人好しなところがあるので、情に訴えかけられ仕方なく受けることもある。まあ、そんななまえの性質を知っている人間など俺以外に居るとも思えないが。
台所に入ると、やはり何もないのだけれど、なまえが長年愛用している刀が転がっている。
ひどく美しい刀で、忍具の手入れをほとんどしないなまえでも、この刀の手入れだけは今でも欠かさず行っている。
何の気なしにすらりと抜く。

「血の臭い……?」

最近、使ったのだろうか。
なまえに怪我はないため、もちろん勝ったのだろうし、苦戦した、ということもないのだろうが。
家が襲われでもしたのだろう。
それが、今回の件と関係しているかはわからない。
しかし、家の前で何者かが襲われて、それを助けに入ったとしたならば。
それの手当をするために部屋に入れたとするのならば。
内容までは想像できないが、俺はそっと刀をしまって、元の場所に置いておいた。

「なまえ」

俺の体の一部のような女。
俺が唯一、俺以上に大切にしている女。
たまには俺がどこよりも安心できる空間をつくってやらなければと、いつだか買わせた黒いエプロンを身につけて、勇んで炊事を行った。
粥は成功したが、鮭はなぜか丸コゲになり、食べられたものではなかった。


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2016/1/5:多分お互いがお互いのことをお互い以上に知っている仲。
 
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