はじめての宝物5
娘さんは、明日の起きる時間を私に伝えたら、自分の部屋へ戻っていった。
ソニックは、鍛錬するのだと夜の山へ。
また、部屋にひとりだった。
そういえば、と思い立って工房へ向かう。
まだ、見られるだろうか。
まだ、見ていてもいいだろうか。
ひゅ。
と、鋭い空気が滑り込む。
まだ見えていないのに、この空気を発するのは、間違いなく。
「なまえちゃん、よっぽど気に入ってくれたんだなあ」
「わ、あ、す、すいません、遅くに……」
「いいっていいって。好きなだけ見てってくれ」
「、あ、ありがとうございます」
「ソニックくんは外かね?」
「はい」
「娘は寝たかい?」
「あすの朝ごはんの打ち合わせをしましたよ」
「ははは! そうか。ありがとうなあ」
「とんでもない」
「なまえちゃんは?」
「私は暇なのでこの子を見に」
「ああ」
鍛冶屋さんは言う。
「へへ、やっぱ、いいだろう?」
「はい、とても」
みれば、やはりそこだけ空気が違う。
癒されるような焦がれるような、そんな張り詰めた気持ちになる。
すうっと差し込む月明かりを、凛と受けきるその姿は、美しいという言葉をどれだけ尽くしても足らないだろう。
「こいつは、主人を選ぶ」
よく聞く、抽象的な話。
それとはまた、違うのだろうか。
私はじっと聞いていた。
「並のやつじゃあ、扱いきれない。暴走して、何もかもを切り裂いちまう。その刀は、ほとんど妖刀みたいなんだよ。たぶんなんかが宿ってる。まあ、暴走させないやつなんか、見たことないんだけどよ、見てえじゃねえか。俺の最高傑作なんだぜ? きっといつか、こいつを従わせることの出来る奴が」
鍛冶屋さんは、私の目を見て照れくさそうに笑う。
「なんてな! いい大人がこんな夢ばかり見てどうすんだって、」
「きっと現れますよ」
その夢を、隠すことなんかないのに。
「近いうちに、きっと」
「……なんで、そう思うんだ」
「え、勘です」
「勘ときたか!! はははははは! そうか、勘か! そりゃあ、悪くねえな」
「そんなに面白かったですか?」
「ああ。ソニックくんから聞いてたとおりだ」
ソニックから、聞く?
「ソニック、私の話なんかするんですか?」
「ソニックくんはなまえちゃんの話しかしねえくらいだよ」
それは言いすぎとわかるけれど。
ソニックが私のことを、わざわざ人に話す?
「そう、なんですか?」
「ああ、そりゃーもういろいろだぜ?」
「…………あまり、想像が」
鍛冶屋さんはふふんと笑って。
「例えばなあ」
「おい」
ソニックに頭を鷲掴みにされて青い顔をしていた。
「………………」
「え、っと、な、にも、聞いてないよ」
「………………、」
「ん?」
「なまえ」
「うん」
たっぷりと数十秒。
その後、なんだか重たい表情をこちらにむけた後に、ふい、と暗闇の、廊下の先を見つめていた。
結局、
「、」
結局なにも言わずに行ってしまって。
その横顔はわかる。
その表情は。
「………」
鍛冶屋さんも静かにこちらを見ている。
ただ隣にいるだけが、こんなにも、難しい。
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20160308:なんだかうまくいかない、そんな時もある。