はじめての宝物4


十にも満たない小さな子に料理を習った。
習った、なんて言っても、私は少し見ただけだが。
女の子はにかりと笑って、筋がいいね!と言った。
鍛冶屋さんの言葉だろうか。
使いどころはいいが、正確には少し違う気もした。
けれど、ありがとう、と言っておいた。
今思えば、教え方がいいからだ、くらいのことを言っても良かったのに、我ながら残念なコミュニケーション能力をしていたと思う。
料理を運ぶとそこにはソニックもいて。
おかえり、と言うと、彼はああ、とだけ言ってふいと顔をそらす。
そこに、ひょい、と鍛冶屋さんが顔を出す。
空気がほぐれるのを感じた。

「お、なんだよ今日はご馳走だなァ!」
「あ、おとーさん。今日はなまえちゃんが手伝ってくれたんだよ! なまえちゃんすごいんだよ! 1回見たらなんでもできるの!」
「へー! そりゃすごいなあ!」

どきりとするが、曖昧に笑っておく。

「じゃあ早速いただこうかね」
「いただきます!」
「「いただきます」」

ぴたりと合う声に、目の前の親子は一瞬顔を見合わせて、そうして少しだけ笑った。
私には何を笑われたのかわからなくて、なんだか明るくて、いい親子というのはこういうものだろうかと呑気に思っていた。
まあ、普通の親子も知らないのだけど。
でもきっと、これは良い親子のあり方なのだろう。
今更羨ましいということもないが、ほんの少しだけ憧れた。

「このお味噌汁、なまえちゃんが作ったんだよ!」
「へー、これ旨いなあ。な、ソニックくん」
「こっちもおいしいよ、お兄ちゃん!」
「ああ。そうだな」
「おいしいよねー?」
「うまいよなーー?」
「……」
「?」

ソニックは、1つ息を吐いて呆れていて、私は首をかしげていた。

「……うまい」

え、とも、なんとも取れない小さな声が口から漏れて。
その後じわじわと胸が熱くなるのを感じた。
なんだろう、これ。
女の子と一緒に料理の本を読んで、一緒に台所に立って。美味しいものができたらいいと思っていて。
それだけだったけれど。
そう、か。
こんなに嬉しいものなんだ。

「よかった」

ただただ嬉しかったのに。
少しだけ声が震えていた。
どうして、だろう。

「あー! 泣かせたー!」

女の子の無邪気な声。

「なんだと!?」
「な、泣いてないよ」
「ははははは! いいねえ、若いねえ!」
「大丈夫? なまえちゃん、私が守ってあげるからね」
「大丈夫大丈夫、大丈夫だよ」

鍛冶屋さんは笑い転げていて、娘さんは私とソニックの間に入って得意気にしている。
卵焼きを食べさせてくれた。
この子の作ったものだ。おいしい。きっとたくさん練習したのだろう。
さっき覚えたばかりの感情を、この子にも。

「おいしいよ」

最も、この子はそんなこと、とっくに知っていたみたいだけれど。
それでも、にかりと笑ってくれた。
ソニックは、笑いすぎだと鍛冶屋さんを睨んでいて、でも、なんだろう、楽しそうだった。
いつもより雰囲気も柔らかいような。
久しく、あんな顔を見れていない。
安直だけれど、もしももっと料理がうまくなったなら。
ここにいる間は練習させてもらおうかな。
ひどく自然に言葉が溢れる。

「明日も、料理作ってもいいかなあ……」

鍛冶屋さんは相変わらず笑っていた。
少し驚いた様子だったけれど、にかり、と笑う顔はやはり娘さんによく似ていた。

「そりゃあいいな。なあ?」
「うん! なまえちゃん! 明日も特訓だね!」
「……」

ソニックは、否定も肯定もしなくて、ただ、鍛冶屋さんよりずっと驚いた表情をしていた。
少し前まで何でも許可をとっていたけれど、怒られた経験を活かして、考える。
このくらいのことなら、きっと大丈夫。
ただ、私が珍しいことを言うので、驚いているだけだ。

「ありがとう」

そうか。
この言葉は、こんな雰囲気の場所に良く似合う。


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20160308:何でも出来て何も出来なかった時代。
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