05 確かに言わなかった
「こんにちは、なまえさん」
「え。こ、こんにちは」
「先生、先日俺を助けて下さったなまえさんです」
「え、あー! え、えーっと……、ジェノスを、た、助けてくれたんだってな! で、お、俺は、趣味でヒーローをやってて、最近プロになったサイタマだ」
「存じていますが」
「あ、ありがとな! あ、あれだ、ジェノスを助けてくれたんだろ?」
「先生、それはさっき言いましたよ」
「そうだっけ……」
頭を抱えるサイタマさん。
頭を抱えたいのは私も同じだった。
「いきますよ」
「お、おう」
「せーの」
「「その節はお世話になりました。お礼をさせて下さい」」
一歩間違ったら助けなかったし別にいい。
「あ、どうぞ、おかまいなく」
「なまえさん!」
「……」
無遠慮に名前を呼んでくるジェノスくん。
不安げにこちらを見つめるサイタマさん。
困っていたが、ここがスーパーの冷凍食品売り場だということを考えて諦めるしかない私。
言うしか無い。
「了解しましたので話の続きは近所の公園でお願いできますか」
「やりましたね、先生!」
「おお……!!」
私は早々に自分の買い物を済ませるためにレジへ向かったが、その後ろで繰り広げられた会話は全部聞こえていた。そういう打ち合わせはバレないようにやるべきだと思ったが、どうやらこれは全国の共通見解ではないらしかった。
ふう、と一つため息をつく。
「……」
別に彼らが嫌いだから、というわけではない。
人間が好きでないわけでも、人付き合いも苦手ではない。
もちろん、お客さん、ということになればこちらもプロだ。例え理不尽なクレームを入れられても平気だし、街でたまたま会った時話をするし、私を売り込むこともある。
「892円お願いします」
「902円で」
渡された十円と、店員さんのかわいい笑顔に少し心に余裕ができるが、あまり後ろを振り返る気にはならなかった。
持参のバックに買ったものを詰めて、外に出る。
いつもは一人だが、今日は三人。
やけに目立つ。
そのせいで、今日は誰にも話しかけられない。
すごく気になる、というわけではないが、後で何者なのだと言われた時に答えられなければいけないし、サイタマさんはともかくジェノスくんは人気急上昇中のヒーロー、理由を説明するときは嘘を吐くにしろ本当のことを言うにしろ気をつけなければいけない。
「あのさ、なまえ」
「はい?」
「お前ってその……」
この人はこんなに挙動不審だっただろうか。
「いや、やっぱりなんでもない」
さて。
では私は何を諦めて何に困っているのかと言えば。
ここからは少しオカルト的な話になるが、端的に言うと、嫌な予感がするのだ。
私は、自分の領域さえ守ることができればいい。
たったそれだけでいいのだ。
それ以外は割合にどうでもいい。
だからあの里もあまり好きではなかったのだし。
それはいいが、もう一度言う。
嫌な予感がする。
私は、行動を制限されたり、ペースを崩されたりするのが困る。
だから、私はジェノスくんを助けた時に、なんとなくこのままの生活が続けられないような気がして、このままの生活を諦めた。
加えて、営業所ならともかく家に人を入れたのははじめてで、なんとなく対応に困っていた。
三度目だが言わせてもらう。
嫌な予感がする。
公園につくと、意を決して、しかし抵抗は忘れずに振り返る。
「すいません、空気を読まずに冷凍食品を買ってしまったので、できるならば今日の所は手短かにしていただけると……」
「えっ、あ、ああ! 手短か、手短かな! わかったわかった」
この人は強い。私よりずっと。
いや、多分そんなことを気にしているんじゃない。
なんなのだろう。
うまく説明できないが、どうにもやっぱり、少し怖いような、焦るような。
この人たちを前にすると、そんな気持ちがわき上がる。
普段だってプライベートでは人と積極的に関わるほうではないにしたって、ここまで何かを感じるのは初めてだった。
強いとか弱いとかじゃない。
もっと別の。
やはり私ではこの違和感をうまく言葉にすることはできない。
「なあ、なまえ」
「はい…………」
「俺と結婚してくれ」
びしり、と固まったのは。
私だけではない。
ジェノスくんも同じように反応に困っている姿が視界の端に写っていた。
「俺、お前のこと、相当好きだわ」
それはおかしい。
私たちはまともに話したことがない。
それは。
そんなはずはない。
私は、貴方を病院に連れて行かずに道に放置していくような人間なのに。
そんなはず、ない。
「絶対大事にすっから」
嫌な予感は、ずっとしていた。
と言うか、打合せと、全然違う。
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2016/1/5:どうかどうか楽しんで行って下さい。