62 一緒に遊ぼう(ソニック編)5


なまえは朝から温泉へ行って、満足そうに髪飾りをつけていた。
そこを俺に見られて少し気まずそうにした。
似合っているのだし。気に入ったのなら何よりだ。
ちなみに朝飯は洋食だった。
まあ帰ったら作らせればいいかと、思ったところで思考をやめる。こんなことを気軽に思えない日が、来ないといいと思っていたが。
なまえは、何を選ぶだろうか。
ここまで来ると、きっと誰を、ではないのだろう。もう、人間性などで選ぶことは出来ないはずだ。
いつもならば、夕方頃には仕事を終えて、電車でまっすぐに家へ帰る。今日もきっとそういう流れだろう。
手伝うようなこともないし、今は仕事中に近くにいられると邪魔になるだろう。
しかし別段やることもなく、どうしたものかと部屋を出てフラフラしていると、板前の男に声をかけられる。

「よお、今からあんたらの弁当作るんだけどよ。なんか食いたいもんはあるか?」
「いつも悪いな。とりあえず、卵だ」
「卵? 卵焼きかい」
「出し巻きにしてくれ」
「おう、あとは?」
「唐揚げだな」
「ふーん、味は?」
「醤油。竜田揚げの方がいい」
「それから?」
「野菜炒め」
「野菜炒めね、味付けはどうしようかね」
「説明が難しいが、もやしが多くて、味は……」
「なあもしかしてそれって」
「ん?」
「なまえちゃんの料理の話じゃねえかい?」
「…………………………」
「なまえちゃんいい子だもんなあ。厨房の冷蔵庫もエアコンもすっかり綺麗になっちまってるよ」
「そんなことまでしているのか……」
「弁当のおかずは自分で考えるとするか。なまえちゃんと比べられたらたまったもんじゃないしなあ。うまいもん作るから、楽しみにしててくれよ、大将」

男は、あーでもないこーでもないといいながら去っていったが、確かに長いこと、あいつの料理を食べていない。
サンドイッチは食ったが、それでも、他の、ああ、弁当は本当に。
しかし、あの板前の言っていたことが本当ならば、なまえの仕事で俺にも手伝えることがあるのかもしれない。
珍しく、手伝ってやろうかという気になった、いつもの時間より早く終われば、ここを観光することもできるだろう。
そう、思ったのだが、俺が参加すると何故か、いつもよりだいぶ遅い時間になった。
向き不向きというのは、あるものだ。

◆ ◆ ◆

帰りの電車で、弁当はすっかり空になる。
なんだかんだであの板前は腕が良かった。
俺達はだらだらとしながらその後を過ごして(掃除というのも案外疲れるものだ)待ち合わせ場所だった駅について、ゆるゆると無人街の方へ歩き出す。
俺達は見た目よりも疲れていて、早く帰りたいという気持ちがあった。
家の前について、同時に気付く。

「「………………」」

愛だの恋だのという前に、俺達は、どうしようもなく近くにいて、とっくに家族のようなものだと気付く。
駅についた時点で、俺はなまえの家についてきてはいけなかったのだ。
これを、なまえはどう受け取るのだろう。
恋とは違う、そんな気がした。

「ソニック、私も今日は疲れたし、考えないから大丈夫」

ふ、とおかしそうに笑うこいつは楽しそうだ。

「朝ご飯は和食にするし、久しぶりにお弁当もつくるよ」

自分の家の玄関の前に立って、振り返る。
みたことがない、幸せそうな笑顔だった。
いや、みたことはあるのだろうが。
どきりとして、うっかりすっと目をそらす。

「そこまで言うなら、仕方が無いな」
「うん」
「せいぜい襲われないよう気を付けることだ」
「大丈夫」
「今日は足でまといになってすまなかった」
「ううん、あれはあれで楽しかったよ」
「なまえ」
「ん?」

一瞬。
よりも短く。
その刹那、なまえに、きっと俺は見えていない。
唇に触れて、何事も無かったかのように元の位置に戻る。

「ん、え、なにした?」
「わからなかったか? まだまだ修行が足りないな」
「ええー?」

なまえよりも先に家に入る。
やはり俺はここに帰って来たいと思う、毎日食うならこいつの料理がいいし、毎日顔を合わせるならばこいつがいい。
なまえが、幸せそうに笑う度思い出すのは、修行時代の頃のこと。
俺がどんなに無謀でも、俺がどれだけなまえに辛くあたっても、俺がどこに行っても何をしても、何を考えても何を目指しても。
今でもそうだ、サイタマを殺そうとしていることに関しても。

「もう、鍛錬、いやだよ」

古き日そう言ったこいつは泣いていて、俺にごめんと言ったのだ。
詳しく聞けば体中に生傷を負って、俺は知らないあいだにこいつを追い詰めていたと知った。俺に謝る必要などなかったが、そのうちになまえがその時一番恐れていたことは、鍛練ではないとわかる。
強くなくてもいい、弱くてもいい。
俺が守るから。
その時だ、こいつを、特別大事にしようと思ったのは。
否定しない、ぎりぎりまで耐えてしまうこいつの弱い部分を大切にしてやろうと決めたのは。

「なまえ」
「うん?」

変わらないのだ、その部分は、なまえはどうしようもなくなまえで、最近は味方も増えて、強くもなった。
それでも、本気を掴みかけているこいつに、選んで欲しい。

「ふっ」
「え、どうしたの、何か面白かった?」
「いいや。俺はお前に選ばれなければ、一生独り身だろうと思っただけだ」
「な、なんてことを…………」
「勘違いするなよ、無理強いしてるわけじゃない」

愛しくて大切にしたくて。
こいつの為になるなら俺はきっと死ぬだろうし、なんだってやってやりたい。甘やかして、側にいて。俺なしじゃ生きられなくなればいいと思っている。
どうしようもなく、この女に惚れ込んでいる。
何年来の片恋かなんて、もうさっぱりわからない。

「こんな面倒なこと、もうたくさんだ」
「なんの話? ごめんね」
「違う」

今だって、不安そうな顔をしている。
そんなに嫌なら、はやく。

「愛する女は、生涯になまえ一人でいいと言う話だ」

ほかの誰も、好きにならなくていい。
気なんか変わる必要が無い。
恋愛なんて面倒で、簡単に覆るようなもの。
きっとこいつとしかできないのだろう。
言うとなまえは、泣きそうに笑って、

「、」

それは言葉にはならなかった。
ありがとうもごめんも言えなかったのだろう。
だから、年季が違うというんだ。
同じ好きでも、同じではない。
俺が、風呂でも入れるかと言うと、なまえはどうにか頷いた。

----
20160226:んーーー、あと3話。(たぶん)
 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -