60 一緒に遊ぼう(ソニック編)3


髪飾りは、案の定旅館の人たちに突っ込まれた。
同じ部屋にしておいて今更プレゼントで、と思うが、たしかに今まで無かったし、言いたいこともなんとなくわかった。

「愛されているのね」

そんな言葉に、今年ばかりは「はあ、まあ」なんてつれなく返すことも出来なかったし、「はい」と自信満々に尚且嬉しそうに返すことも出来なかった。
私だって愛しているはずだが、それは果たして。
いや、しかし。
相当難しい顔で黙っていたのかみんなその場で爆笑だった。
女将さんも仲居さんも笑顔が素敵だ。
その後すぐに、本日予定していた業務が終わって、部屋に戻ると、ソニックは黙々と腕立て伏せを行っていた。
最近、自分自身に火力がないことを少し気にしている。

「なんだ、早かったな」
「うん。今日は特に故障してるものとかなくて。あ、この時間ならまだ観光できるかな?」
「そうだな、まだ五時を回ったところだ」
「ちょっと行ってくるね、先にご飯食べててもいいし、お風呂入ってても」
「おい」
「ん?」
「なぜ一人で行こうとする」
「え……、いや、だって、いいの?」
「お前こそ嫌なのか?」
「ううん。何気にこんなに早く終われたの初めてだから」
「滞在時間を伸ばせばいいだろうが」
「一応、仕事しに来てるから……、まあ、それはよくて。じゃあ、案内お願いします」
「ああ」

仕事中も選択について考え続けるということは出来なくて。
気をつかったつもりだったが、確かに、一緒に行くべきであった。
無意識に、自由に自由にしてしまう。どうにも私は、この人の前だといつも以上に気を抜いてしまうらしかった。
ソニックが、少し外で待っていろというので、素直に頷き、旅館の外でぼうっと待つ。
すれ違った女将さんにはひどく綺麗な顔で微笑まれた。そうだけどそうではない。ついでにもう一日いてもいいのよと言われて、ちゃーんと帰りますよと笑った。
そのやりとりはいいものだった。
けれど、ちり、と胸を焼くような。血液の流れがうまくいっていないようなそんな違和感。
嫌な予感。
早く移動した方がいい。
そう思った矢先だ、知らない、一人の男から声がかかる。

「お姉さん、1人?」

あ、だめ、かもしれない。
この手の人、は。

「……、いいえ。連れがいます」
「ふーん、そうなの? まあいいからさ、俺と観光しない?」

肩に力が入る、寒気もして、寒くないのに、体温が下がっていくみたい。

「人を待ってますから、すいません」
「なら、連絡先とか教えてくんね。ほら、携帯あるでしょ?」

吸い込んだ空気が、肺から先へ回らないような。息が詰まるような不快感。
だめだ、これ、手が。
手が震える。指先がカタカタと震えて、目は笑っているだろうがそれ以外の体の動きがうまくいかない。
吐きそう。
気持ち悪い、この感じ、は。

「おい」

それは大人気ないというものだが、やはり、なんだかんだソニックのこういうところに救われるのだ。
喉元に突きつけた刀身は綺麗で、恐ろしい。

「こいつに何か用か?」

ただのナンパでここまでされるとは夢にも思わなかっただろう、悲鳴を上げたり腰を抜かしたり、男はたいそう忙しそうであった。
そう、確かにそんな、簡単な話なのだけど。

「……ありがとう」
「……」

ソニックは深く深くため息をつくと、ひょいと私を抱えあげて、言った。

「今日は休め、そんなひどい顔の女を連れ歩く趣味はない」
「ソニック、」
「いつでも、また来てやる」

そんなにひどい顔をしていただろうか。
確かに、気持ち悪くて吐きそうだったが、こんなふうに連れて帰られる程に、ひどいだろうか?
ソニックは私にお茶を入れてくれた。
ほわりと香る緑茶の香りに少しだけ体の力が抜ける。
指がまだ少し震えているから、両手でしっかりと持つ。

「ああいう輩は、久しぶりだったな」
「そう、かな?」
「苦手だろう」
「うん、なんだろうね。ホントはそんなふうに思いたくないんだけど、気持ち悪い吐きそう以外に、なんて言っていいか」
「なまえ」
「ん?」
「悪かったな」
「へ、いや、ソニックは何も悪くなんか」
「なまえ」

呼ばれて、ソニックを見る。
無表情だ。
もしかしたら、少し怒っているかもしれない。

「なまえ」
「ん……?」
「なにかして欲しいことはあるか」

え、
と、ひどく自然に口から漏れでた。
ああ、そうか、こういうときはいつも。
でも。
ここで、そのいつもを選ぶのは、ソニックを選ぶも同然だった。
まだ、迷わせて欲しい。
けれど。

「……ごめんね、ちょっとそのままで」

どうにか立ち上がって、お茶を持ったまますとんと座る。
ソニックの真後ろ、背中合わせ。
私はすぐそばに湯のみを置いて両膝を抱えた。

「ソニック」
「ああ」
「あとで、聞いてほしい話があるんだけど、いいかな」

ああ、
と、ソニックの声の振動が背中越しに伝わってくる。
この人たちと、あの男、何が違うのかは明白すぎるほどに、明白だった。


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20160224:時折、本当に稀に、吐き気がするほど気に入らないことに出会う。

 
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