56 一緒に遊ぼう(ジェノス編)5


Z市に帰って来て、俺はどうでもいいような話を続けていた。
無人街に入ると思ったよりもずっと音がない。
自然と無言になるけれど、なまえさんも居心地が悪そう、ということはなさそうだった。
ふと、名前さんの家の近くに来ると思い出すことがある。

「なつかしいですね」
「なにが?」
「影のような怪人から助けて頂いた時の話です」
「あー、あの黒い。そんなことあったね」
「なまえさん」
「うん?」
「あの」
「うん」
「楽しんで頂けましたか?」
「うん、楽しかったよ」

また、行きましょう。そう言ったら、この人は「うん」と、きっとこたえるのだろうけれど。
楽しかったとか楽しくなかったとか。
本当に聞きたいのはそんなことではない。

「なまえさん」
「うん」
「突然手合わせを挑んだりしてすみませんでした」
「ううん。貴重な体験だったよ。そういえば、あれが勝つって感覚なんだよなあって感じで」

また、相手をさせて下さい。そう言ったら、この人は「うん」と、きっとこたえる。
手合わせができるとかできないとか。
やっぱり、そうではない。
そんなことではない。

「晴れてよかったですね」
「そうだね」
「なまえさん」
「うん。えーっと、さ」

伝えたいことはたくさんあるが、うまく言葉にはならなかった。

「本当は、ジェノスくんの言うこと全部叶えられたらいいんだろうけれど、ね」

なまえさんは困った様に笑っていた。
この笑顔からはじまったような気がする。けれど本当はもっと前、はじめてこの人を見た時から、はじまっていたのかも知れない。
きっとこの人はわかっている。
俺がしたいことも、言いたいことも、完璧に、ではないがなんとなくはわかっている。
俺の言うこと。
例えばなまえさんが俺になんの気持ちも抱いていなかったとしたのなら、叶えてくれたのかも知れない。
あるいは、なまえさんを好きなのが俺一人ならば、叶えてくれたのだろう。
けれど、なまえさんもまた、必死なのだとわかる。
聞くようなことなんて本当はなくて、ただ、選ばれる為に俺ができることはなんだろう。

「なまえさん」

真っすぐに。
ただただ真っすぐに見る。
いつかのように、この人を笑顔にしたのなら。
想像できない、と笑うこの人に、少しでも楽しそうだと思ってもらえたら。

「結婚したら、毎日具のたくさん入ったみそ汁を作ります」
「……」

びっくりしていた。
当然だ。
俺もあまり、想像できないけれど、やりたいことはたくさんある。

「なまえさんと、タイムセールへ行きたい」

それから?

「先生と行かれたという銭湯にも行ってみたいです。なまえさんの仕事のこともたくさん聞きたい。休日は絶対に一緒にいて、なまえさんが仕事ならその手伝いをしたいと思っています。二人でいる時間は、俺が、なまえさんの希望を全部叶えます。たまには、どこか遠出しましょう。クセーノ博士のところにもまた、一緒に行きましょう。いつか行った喫茶店にもまた行きましょう、今度は、今度のゲーム大会は俺と一緒に出ましょう。なまえさん、俺は、」

ゆるりと笑う名前さんは。
きっとありがとうと言う。

「ありがとう」

頷きはしない。
そんなことはわかっていたことだ。

「なまえさん。俺ではだめですか。修行が足らないというのなら、どんな試練でも……!!」

ただ気持ちをぶつけることしかできないのだろうか。
なまえさんにとって俺はただ重いだけの知り合いかもしれない。
困らせているのもわかっている。
でも、向かうしかない、なまえさんはもう、あの時の、たった一人で生きていたなまえさんとは違う。きっとこれからもまた、誰かに好かれたり、心を揺らされたりする。
今このタイミングでこの人を好きになった俺は、まだ、ラッキーだ。
まだ、この人は誰のものでもないのだから。
なまえさんはゆるりと首を横に振る。

「充分だよ。充分すぎて、逆に私にはもったいない」

好きです。
そう、体のどこかが叫んでいる。

「きっと皆が納得できる答えを出すよ。ほんっとに、今までさぼって来たせいで、すごく待たせてしまったし、いろいろ引けないところまで来てしまったけれど。がんばるから」
「はい。なまえさんが一番幸せになれる道を選んで下さい」
「うん」
「………嘘です」
「ん?」
「俺が一番、貴女を幸せにする」

キスなんてどうやってしたものか。
見よう見まねでちゅ、と音を立てて。目を閉じていると狙った場所へいけなくて、額の中央から随分右にずれたところに唇を押し当てた。

「ジェノスくん……」
「はい。大好きですよ。なまえさん」
「……………………、ありがとう」

こちらこそ。
俺の気持ちを一つも否定しないでくれて、ありがとうございます。


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20160220:難しいなああああ。

 
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