きみをみかける


そのヒーローは、私を助けてくれた訳ではない。
登場シーンもかっこいいとは言い難く、その後も、売り出し中のC級のヒーローがでしゃばりすぎて怪人にやられる。
それだけの光景が広がるのみ。
それだけだった。
たったそれだけのことだった。ヒーローっていうのも大変だなあ。私はそんなことを思って救急車を呼んでおいた。
ただ、観衆(彼のファンだろうか?)が、無免ライダァーーーー!!!!!、とかって叫んでいたから、彼が無免ライダーであることは覚えてしまった。
わかりやすいヒーローネームだ。
それが、彼に対する第一印象。
これで、怪我をするのも嫌だろうから、そうそう怪人の前に正面から飛び出すなんてことはしなくなるだろう。
そんなことを思った。

「無免ライダー参上!」

どうやら学習しないらしい。
また、怪人に傷一つつけられずやられていた。今度の怪我も痛そうだ。
私はとりあえず救急車を呼ぶと、その光景をぼうっと見ていた。程なく他のヒーローも駆けつける。
なんというか。
そうして怪人を倒すと声援を送られて、それに嬉しそうに答えるヒーローというのは、私にはよくわからなかった。
ヒーロー。
ひどく薄っぺらな存在に見えた。
次に見かけた無免ライダーさんは、怪我も治りきらないうちにパトロールをして、それでも荷物持ちを手伝ったり、下校途中の子供を見守ったりしていた。
ここでようやく、世間の無免ライダー人気にも納得する。
強い弱いの話ではなかったようだ。
彼はこうして怪我をしている身でありながら慈善活動を惜しまず、ヒーローとして生きている、と。
時折見かける、面倒なことに手を出さないヒーローとは違うらしい。
ちょっとかっこいいじゃないか。
大した人だ。
どうにも、斜め上からの言葉であった。
そしてその後、怪我が治りきらないうちに怪人にまたやられていた。
救急車を呼んで、怪人には石を投げておいた。
2度目は、少しほうっておけない人になってしまった。
私はまだ気付いていなかったけれど、無免ライダーさんのことを相当気に入っていたのである。
そうして、また、しばらくした後、私は街でヒーロー活動をする無免ライダーさんを見つける。
相変わらず一般市民と仲が良く、誰にでも優しいという感じの人だ。
ヘルメットとゴーグルでわからないが、どんな顔をしているのだろう。きっと、とても優しい顔に違いない。
どうしてああも人の為に動き回れるのだろう。
私には無理だ。
ところであの人の素顔を見れる人っていうのはいるのだろうか、例えばそうだな、恋人とか、もしかしたら結婚しているかもしれない。
そうなると、? そうなるとなんだ。
どうして私が寂しくて、ちょっと苦しくなるんだろう。
ピタリ、と立ち止まる。
うーん。
それは、困ったなあ。
一目惚れではなかった。
特別タイプであるというわけでもない。
ただ、彼はどうしようもなくヒーローなのだと思い知らされて、彼のようなヒーローもいるのだとこっそり応援したりして。
ファンレターとか出してみようかとはじめてヒーロー協会のホームページへ行ってみたり。
いやいや。
ただのファンだろう。
うん、そう。ただのファン。たしかに私は彼が好きだ、心の底から好感の持てる男性であると思っている。けれどそれは愛とか恋とかじゃなくて、そうじゃなくて。そうじゃないんだって。
たった三度見かけただけの人を。
面白がって目で追うなんてこと、今まで無かったけれど、だからと言って。
そこをイコールで結びつけるのは違うのではなかろうか?

「君、大丈夫かい?」

は、と、顔を上げる。
しまった、道端で考え込むなん、て………。

「どこか具合が悪いとか……」
「え、あ、いえ、とんでもない、その、大丈夫、です。ちょっとだけ、考え事を」
「そうか! それならいいんだ。ぶつからないように気をつけてくれ」
「は、い。その、あ、りがとうございます。無免ライダーさん」
「はは、俺はなにもしてないさ。それじゃ、気をつけて帰るように!」
「はい」

わかった。
私は。
無免ライダーさんが、好きだ。

「…………これが、浮き足立つってことか」

なるほどたしかに。
地面から体が離れているようだ。
がくがくと足の中身が震えて上手く足が前に出せない。
指先は自分でわかるくらいに震えている。
ついでに、体の真ん中辺りにある、きっと心とかって呼ぶようなものが、ぐらぐら動いて仕方が無い。
認めよう。
たしかに純粋に応援している、ファンである。
けれど、ファンじゃなくて、あの人にもっと見てもらえたらと思う自分も確かにいる。
敬愛と恋との線引きは難しいが、ごちゃごちゃ考えるのは得意じゃない。
どちらでもあるのだ。
これでいい。
私はその高ぶった気持のまま、次の日の朝を迎え、一人のクラスメイトの元へ向かう。
彼は確かヒーローだったはずだ。
リーゼントに金属バット。

「ねえ」
「………あ?」

あまり話をしたこともないが、正直、実際ヒーローになった人にいろいろ話を聞くのがいいと思う。
邪険にされたらされたで、無免ライダーさんがやっぱり素晴らしいヒーローであると再確認できるわけだし、それはそれだ。
だから、私は彼に尋ねる。

「ヒーローってさ、どうやってなるの」
「は?」

間の抜けた声。
それもわかる。
それもわかるが、もう決めた。
彼には何が見えているのか、そんなにもヒーローっていうのは楽しいものなのか。
もし、いいヒーローっていうのになれたら、彼と話もできるかもしれない。
不純な動機だ。
けど、動機は不純であるほど長く続くと言ったりもする。
だから。

「諸事情によりヒーローになろうと思って」
「はあああ!!?」

これは、極めて純度の高い、愛の物語。


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20160518:またよろしくお願いします。
 
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