51 サイタマさんについて


夢を見た。
なんだか、とても良い夢だった気がしたけれど、がたり、と小さな揺れに目を覚ます。
ああ、そういえば眠っていなかった。
やたら眠いと思ったけれど、眠そうにしていただろうから、少し、申し訳なかったかも知れない。
私が昨日暴走したばっかりに。
あの後、サイタマさんは家まで送ってくれて、「またな」と笑った。
いつものように笑ったように見えたけれど、いつも通りではなかったかも知れない。
いろいろと認めなくてはいけないことがある。
私はもう皆と他人なんかじゃなくて。

「」

ぱたり、とベッドに横たわって、小さく小さく呟いてみる。
自分の耳にも届かない。

「すき」

二度目はちゃんと言葉になった。
相手はまだわからない。
ぐるぐると回っている。
私はサイタマさんやジェノスくん、ソニックに好かれて嬉しいと思っていて。
彼らが私を尊重してくれていることにやりやすさを感じている。
一緒にいて笑ってくれることに居心地の良さを感じていて、それが嬉しくて楽しい。
あの人たちのことが好きだ。
向き合うたびに、選ぶなんて無理かもと思うけれど。
まだはじまったばかりなのだ。

「……」

むくりと起き上がって、自室に置かれている刀に触れる。
ソニックの次に私との付き合いが長い相棒だ。
ある高名な武器職人から譲り受けたもので、私には勿体ないくらい綺麗な刀で、私には勿体ないくらいに丈夫で強い刀だった。
思えば、本気で命の危険を感じて、本気で武器を持って(本気ではないとみんな言うが)戦ったのは、はじめてかもしれない。
迷っている余裕なんてなかった。
ただ、指定した時間生き残ることだけを考えていた。
すう、と刀を抜くと綺麗な刀身があらわになる。
私を守ったり、ソニックと鍛錬したり、ジェノスくんを助けたり、サイタマさんと戦ったり。

「うん」

これも間違いなく私の一部と言える。
壊されなくて良かった。
たぶん、これを作った人は怒らないだろうが、それでも悲しませるのは嫌だった。

「サイタマさん、か」

考えてみる。
あの人と一緒に居たのなら。
私は、この刀を振るうこともなくなるのだろうか。
私は、笑っていられるのだろうか。
きっと、安心はできるだろう。
私は待っていればいい。
サイタマさんはおそらく、誰にも負けない。
ぼやり、とサイタマさんの笑顔が浮かぶ。
その隣に、私は居られるのか。
大事にする、と言ってくれた。
笑っていてほしいと言ってくれた。
きっと、幸せ、なのだろう。

「サイタマさん」

声を思い出す。
なまえ、と、優しく呼ぶ声。
私の事を、すきだと、そう言う声。
これはジェノスくんもソニックもそうだけれど、その言葉を発する時、世界一静かで、世界一優しい音になる。
あんな優しさが、私の中にもあるだろうか。

「すき、すき、すき…………」

全く違うもののような気がする。
この言葉は、あの人たちのものと違いすぎて、ひどく薄っぺらい。
漫画もドラマもたくさん見て、歌も曲もたくさん聞いた。
激しく幸福で何より切ない。
私に向かうのはそんな本気の気持ちばかりとわかるけれど。
私が、『好き』だと、あの音を出せるようになるには、まだ足らない。


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20160213:人はどんな時に人を選ぶのか。
 
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