48 一緒に遊ぼう(サイタマ編)3


最近恋愛に真剣になった、となまえは言った。
ふと、思い出したので、静かな移動中に聞いてみる。

「なにかあったのか?」
「え、なにかって、なんですか?」
「いや、なんつーか、積極的になったのはなんでかなーってさ」
「積極的っていうのは、まあ、なんかあれですが……。なんてことないですよ、それじゃ都合のいいところしか見えないから、もっといろいろやってみろって、言ってくれた人がいたんです」
「最近なんか良い匂いがしたりするのは?」
「それも、なんていうかどうせならかわいいほうがいいと思って。ちまたの女の子はっていうか、このくらいのこと最近じゃ小学生でもやってるみたいだから、恋愛を舐めていると言われても仕方が無いなあ、というわけなんですよ」
「そんなこと言う奴がいたんだな」
「あはは、まあ。皆が本気なの知っていましたけど、それなら私も本気で恋愛について向き合おうと思いまして。多分、ですけど、もう皆とは友達で、タイミングが同時じゃなければ誰と付き合っていたっておかしくはないんですよね。だから私からも近づいて、本気で決めなきゃって、そういう趣旨のイベントなんですけど……。もしかして不愉快ですかね。こんな試すようなこと」

なるほど。
ここで抜きん出る事ができたのならば、そいつは晴れてなまえの恋人になれるのだろうか。
それはどうにも難しいような気がしていた。
つまり、なまえに好きだと思わせる、こと。
否、好きだとは思ってくれているようだけれど、一番になれなければこの勝負に決着は付きはしないというわけだ。
どうしたらいいんだろうと悩んでいたなまえは、もっとよく知るんだと勇んでいる。
きっと決めたときには、なまえも同じように心を痛めるのだろう。
曖昧に逃げられて、それでもいいと思っていたけれど、名前はたびたび自分のスタイルに疑問を抱いていたのだろう。
だから、誰か知らないが、誰かの助言で、こんなに活き活きとしている。
あるいは、なまえは、少しずつ変わっていったのかもしれない。

「サイタマさん?」
「ん? あー、いや、それは別にいいんだけどさ」
「そうですか? それならよかった」
「それってさ、」

誰が優勢なの?

「……」
「?」

そんな風には聞けなかった。
もしかして、俺が同じものが見えるかもと思って挑んだあの戦いも、マイナスにしかなっていないのかも知れない。
結局、なまえはなまえで、誰にも見えないなにかを感じているようだったし、どれだけ強い奴が近くにいたって、そういう切なさを感じるのだろう。
当然と言えば当然のことだった。

「いや、その、何ができるんだ? スーパー銭湯ってさ」
「えーっと、基本は銭湯なんですけど、岩盤浴とかマッサージとか食事どころ、大きい所だと漫画が読めたり、ゲームが借りられたりいろいろですよ」
「へー、おもしろそうだな」
「実際面白いですよ、旅行に来たみたいで特別感も出て」

だが、優勢、なんてものがないから、なまえはこんなことをしているのかも知れなかった。
全員が等しく同じ、ではないにしても、付き合うとは、恋人とは、そんなことを考えているのだろう。
どうやら真面目なようで、軽く、まあなんとかなるとは思えないようだった。
優しい、と言うよりは、甘い、という表現が正しい。

「うん。楽しみだ」

俺の言葉ににこりと笑うなまえに安心する。
いつもは近付こうとしているから良かったが、こうなると、どうしていいかわからないものだ。
でも、きっと楽しむべきなのだろう。
なにをしていいのかわからないのは、なまえも同じはずだった。
どう選んでいいのかも。
選ぶべきなのか、そうでないのかも。

「なまえ」
「はい?」

俺はただ一緒にいられるだけでいいけれど(そりゃあもちろん他にもいろいろあると言えばあるけれど、今はまあ)。
折角俺と居るのなら、楽しい方がいい。

「楽しもうな」

その言葉に、なまえはやっぱり笑ってくれて。

「もちろん」
「好きだぜ」
「あ、えーっと、あーー……」

好きだと言うと、やっぱり困るのだ。

「いいっていいって。ほんっと、大好きだぜ」
「いやあの、やっぱり、勿体ない、言葉ですよ。私には……」
「そうか?」
「そう、ですよ。あの、勢いで聞くんですが、どこをそんなに気に入って頂けたんでしょうか」
「え、そりゃあ、お前、」

それは、彼女に関する一番古い記憶だった。
あの日どうにか助けて(たぶん、助ける必要なんかなかったんだろうけど)、彼女を見ると、慌ててこちらへ駆け寄って来て、「だ、大丈夫ですか」と焦っていた。
その時、「なんで」とか「どうしよう」とか、それは普通の反応のような気がしたけれど、今思えば、それは普通とはまた違う意味を含んでいたのかも知れない。
正直俺もよく覚えていないのだけれど、聞いたはずだ。

「怪我、ないか?」

狼狽えていたなまえはその言葉にぴたりと止まって、やたらと真っすぐにこちらを見たのを覚えている。
困っていたと思う、でも、その時はこちらをまっすぐに見て。

「貴方のおかげです。ありがとう」

そう言って笑ったのだ。
困っていた。
不用意に助けられてしまったことを、たぶん、後悔していた。
けど、俺の言葉にそう言って笑ったなまえ、が。
その後丁寧に怪我を手当して、ジャージを縫って、新しいジャージをくれて、手紙をくれた、なまえが。
すぐ隣にいるなまえは首を傾げているけれど、気遣う言葉を無下にはしない。
好意には困っているようだったけれど、厚意には報いようとする。

「俺を選んでくれたら、いくらでも答えてやるよ」

に、と笑うと、なまえはじっと、真っすぐこちらを見た後に、ゆっくり目を反らすと、小さな声で「恋愛って難しいなあ」と呟いた。
まったく、その通りだ。


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2016/2/7:たぶん露骨なことはできない。お互いに。
 
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