03 こっちをむいて


先生は、いつにも増してぼーっとされることが多くなったように思う。
いや、正確には、ぼーっとして見えることが多くなった、だろう。俺にはぼーっとしているように見えても、本当は何かを考えていらっしゃるかもしれないし、そこのところ俺が把握することはまだ不可能であった。
声をかけても生返事で、家電のことになるとばっとこちらを向く。
また、やたらと精巧に作られた小さなロボットを眺めることも多くなっていた。
俺には話して下さらなかったが、どうやらこの二つの件には深い関係があるであろうことは明らかだし、俺はそういった方面のことに疎いから確信は持てなかったが、先生があの人のことを特別に思っていることは明白のように思えた。

「先生」
「んー?」
「ちょっと出てきます」
「おー、気をつけて行けよー」

彼女のことは、肉が安かったあの日から、特売日やタイムセールの時に時々みかけていた。
その度に先生はそわそわとして落ち着かず、ちらちらと彼女の方を見る。一度も目が合わないというのも不思議な話しではあるものの、彼女はいつも他の買い物客の主婦と話をしていた。
俺は冷静に聞き取れる内容だけは聞いていたが、やはり、彼女は街で小さな家電修理の店を営んでいるようで、従業員は彼女一人、電話一本で時間が合えば出張修理に来てくれたり、家電のことで相談を受けたり、持ち込みで修理や、改造なども請け負っているらしかった。
パソコンの組み立てやメンテナンスの話もちらほら聞いた、機械ならば何でも触ることができるのかも知れない。
そして、名前はなまえと言うらしい。
なまえさん。
俺は心の中でその名前を反芻する。
先生が特別視する人なのだから、俺にとっても当然特別である。
なんだか不思議な雰囲気の人ではある。いつも身につけているごついヘッドフォンのせいかも知れないが、そうではなくて、もっと別の何かを感じる。
考えている間に、無人街から抜けて、なんとなしにいつものスーパーの方向へ向かう。

「……」

例えば、俺が先生となまえさんが話をするきっかけを作ることができないだろうか。
最近はそう思うようになった。
まさかスーパーで先生の背をどつけるとも思わないし、もっと遠回しな作戦でいきたいところだ。
割合に簡単ではないかと考える。
彼女は家電の修理をしているのだから、彼女の営業所に壊れたテレビを持って行きさえしたのなら、話くらいは可能だろう。先生の家は無人街であるので、来てもらえるかどうかは微妙なところである。
更に買う予定はなくても何かの家電の相談をしたのなら、長く居られるはずである。

「よし」

そうと決まれば、彼女の営業所の場所をつきとめなければ。
小さくガッツポーズで息巻いていると、ぱ、と何かが目の前を通り過ぎた。
一瞬、何事かとその何かが向かった方向を見るが、よそ見をすると同時に鉄が地面に落ちる音。
今度はその音のした方を見ようとしたが、急速接近反応をどうにか捉えて、何も見ないまま大きく飛び退く。

「………何者だ」

どうにかそれだけ問うが、右腕が見当たらない。
何か鋭利なものですっぱりと切られて、ばち、と行き場の無い電流が稲妻になって消えた。
腕は、先ほどまで俺が立っていたところに落ちていた。
あの音は、俺の腕が落ちた音、というわけだ。

「何者か、なんて見りゃあわかるだろうがよ」

ゆらり、とようやく視界に写った怪人は、やけに足の長い影のような姿をしていた。
手のようなものが二本ついているが、なるほどそれは先が鋭く刃物のようなものであるとわかる。

「なあ?」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ怪人には何度も出会った。
けれどこいつは、嫌に静かで―、

「まあ、どうせ見えやしねえと思うけど」

強い。
にたり、と怪人は笑ったあとに、ゆらり、と消えるように移動した。

「っ……!!」

しばらく後に、また同じ音がする。

「バカな……っ!!」

俺が、全く見えないなんてことがあるのか!?
その言葉はどうにか飲み込んで、どうにかその影だけでも捉えようと視界を巡らせる。
よほど高速で動いているのか、声が、全方位から聞こえるようだ。

「でも、そうだな。名前ね、名前くらいは名乗っておこうか?」

どんな強敵も一撃で倒すあの人を思い出す。
俺が目で追えなくても、あの人ならばいつものように無傷で倒してしまうのだろうか。

「俺はお前を忘れるけど、お前は俺を忘れねえもんなあ、きっと」

周囲には刃物で切られたような切り傷が広がって行く。ビルは傾き始めているし、電柱など真っ二つになっている。標識などもう跡形もないほど細かくなってしまっている。
油断、する暇もなかった。
両腕を落とされて、ここからどうやって勝つか。
スピードで圧倒的に劣っているため、逃げ切れるとは思えない。
ぎゃあぎゃあとうるさい怪人ならばいざしらずこの怪人は知能が高そうだ、言いくるめて場を逃れることもできるかどうか。
ならば。
この辺一体を―、

「俺の、名前は」

声が止まる。
俺がその姿を捉える頃には、その怪人の頭には、何故か一本の刀が突き刺さっていた。
断末魔もなく、ではない、驚くべきはなんの音もしなかったことと、俺でさえ捉えられなかったその怪人を一撃で仕留めたということ。
俺は周りを見るが、人影一つ見当たらないし、センサーになんの反応もない。
人間ではないのだろうか。

がしゃん。

一歩踏み出そうとしたとき、何故か足はうまく動かず、手もないせいで受け身もとれずに、べしゃりと地面に転ぶことになった。
左足が切断されている。
動かなかったため繋がっていたが、切られていたらしい。
どのみち、逃げることも敵わなかった、ということだろうか。
だが、そんなことはいい。

「誰か居るのか!!」

この怪人が自害したという可能性が脳裏をよぎるが、やはりそんなはずはない。
誰か、俺とこの怪人ではない何者かがここに居るのだ。
倒れたままで叫ぶが、声は無人街にむなしく反響するのみ。

「…………、……!」

しばらく無言のまま待つ。
相変わらずなんの物音もしなかったが、ぴぴ、と今まで一切反応していなかったセンサーが俺以外の生命の存在を検知した。
その距離ほんの数十メートル程。
何故、この距離で何の反応もなかったのだろう。
けれど、そんなことはあとでいい。
俺は、ば、と反応のあった方を見る。

「あ、あなたは!!?」

少し前までそこには誰もいなかったはずだが、一人の女性がしれっとそこに立っていた。
肩には、ごついヘッドフォン。

「こんにちは」

彼女はどうしてか、困ったような、諦めたような笑顔を浮かべていた。



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2016/1/5:悪気は一切無いですがすいません。
 
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