45 愛しています


「私って、あの時、本気じゃなかった!!!?」

何事かと思えば、そんなこと。
こいつはいつでも本気なんかじゃない。
大方サイタマにでも指摘されたのだろう。
俺は大きくため息を吐く。
いつもよりずっと女の格好のそいつが、今日サイタマのところへ行くことは知っていた。
最近公園でできた恋愛の師匠に「やる気あるのか」と言われたので、自分からもいろいろ動いて、知って行くことにしたらしい。サイタマからサイボーグ、そしてなんと、俺のための時間もあるらしい。
余計なことを、と思うような。
はやく俺を選んでしまえと焦れるような。
だが、おそらく状況を動かしたのは間違いなくその恋愛の師匠なのだと思うと、当事者ではできないアドバイスというのもやはりあるものだ。

「聞いてる……?」
「ああ。当然だろう。お前は勝とうとしないからな」
「それ! サイタマさんにも言われたけど、もしかして」
「お前は勝ってあの場所に閉じ込められたわけだからな。『勝つ』ということを無意識に恐怖しているんだろう」
「あ、う、あの、すごい前に、ソニック、舐めてるのかって怒ったこと、あったけど、それって」
「ああ」
「と、友達甲斐がなくて、ご、めん」

なまえは、ゲームに勝つことも、怪人に勝つことも特になにも思わなかった。
と言うより、身内に勝つことを、怖がっている。
その時は無意識に勝って俺に捨てられることを怖がっていた。
傲慢にもほどがある。
そんなの、舐めてるのかと怒られて当然だ。
そして俺がなりたいのは友達ではない。
そちらの失言は聞き逃してやることにする。

「お前あのときはわざと負けたな」
「そう、だったかな。うん。そうだったかも」
「で、俺にこっぴどく怒鳴られた」
「うん。覚えてる」
「それでお前は、俺に負けることもなくなった」
「…………わざと負けたの怒ってると思ったから」

心底、面白くもない。
それも、半分は正解だった。

「お前は俺の技を見切れない」
「うん」
「だが、俺もお前の動きを見切れない」
「うん」
「お前は勝とうとしない」
「ん」
「なまえという奴はこういう、中途半端な手合わせで勝つことも負けることもしなくなったわけだ」
「そう、だっけ」
「そうだ」
「わかったか? わかったらさっさと夕飯でも作りに戻れ」
「う、ん。ありがとう、鍛錬中にごめん」
「構わん」

なまえは何か口を開こうとしたが、何も言わずに俯いた。
もう一度、謝ろうとしたのだろう。
怒っているのかと聞きたかったのかも知れない。
なんだって構わない。
本気であろうがそうでなかろうが。
こいつはわざと負けることはもうない。勝とうとする、という気持ちを忘れてしまっている。
おそらくだが、生命に直結したら勝ちを意識するのだろう。
怪人に容赦が無いのはそのためだ。
つまり、こいつを殺す気でいかなければ本気の戦いを見られないというわけだ。
ふざけている。
だが、結局俺はわざと負けたこいつを怒ったのだ。
本気でやらなかったことを怒ったつもりだったが、こいつがそう捉えたからそうなった。
それでもいい。
負けなければ良い。
何がなんでも生き延びて、俺と一緒にいたらいい。
そんな風に思い出すと、こいつの生かしも殺しもしないスタイルのこともほとんど気にならなくなった。
ただ、ゲームを見ると、なまえの本来が垣間見える。
強力な一撃を相手に叩き込む。
吸い寄せられるようにそれに当たる。

「ソニック」
「なんだ」
「明日から何日か忙しくて家にいないかも」
「そうか」
「その後は出来るだけ早く、わかるといいと思って。待たせるの悪いし。私はやっぱり、ちゃんと選ばないと」

なら、俺にしておけばいいものを。
だが、負けも勝ちもしない、なんとなくで生きているこいつがはじめて本気で考えている。
とうとう、自ら他人を傷つけることも覚悟したらしかった。自分が傷つくことも、何かを捨てることになるかもしれないことも。
そう、近づかなければわからないこともある。

「選ぶのか、それとも誰も選ばないのか。はっきりしなきゃ。ね」
「ああ」
「いつもありがとうね、ソニック」
「それなら、もういいな?」
「え」

そっと抱きしめると、いつもと違う匂いがした。
けれど、なんてことはない。
俺が愛し続けたなまえに違いは無い。

「俺は、お前を愛している」

もう、言ってもいい。
こいつはもう、俺のほうに適当に逃げて来たりはしない。
サイタマのことも、サイボーグのことも、こいつはきっと好きなのだろう。こいつは自分に好意を寄せてくれる人間を邪険にはできない。
そういう奴だ。
構ってくれる奴が好きで、大事にしてくれる奴が好き。そんな甘ったるいこいつは、どうしようもなく女だった。
だが、俺たちもまた、同じ。
全てを受け止めて記憶して、見て、笑って、自分が大事で、そのくせ頼まれ事をされると断れなくて、困っている奴はうっかり助けてしまう。
勝つことも負けることも怖くてどちらもできない。
優しくなんかない、甘い奴。
どこに行っても何をしても、何を言っても、何があっても、なまえはそこでゆるりと笑う。
困ったり諦めたり、気遣ったり知らないフリをしたり。
仕事だと言って無茶をしたり。
強くて弱くて、俺がずっと隣に居た。
俺はずっと見て来た。
好きだ。
俺はこの場所が大事で仕方が無い。
なまえは逃げるのをやめた。それなら俺も。

「これからも、お前の近くで、お前の一番の味方でいてやる」

何を選んでも、と前は言った。
嘘はない。だが、本当は。

「俺を選べ」

うまい料理も。
迎える声も。
送る声も。
これからも全て、俺のものであればいい。
けれど、俺も臆病風に吹かれていたせいで、この様だ。

「……、気付いていた、よ。いつも、本当にありがとう」
「ああ、随分遅かったな」
「がんばる、ね」
「ああ、もう行け」
「うん。用事が済んだら、ソニックのことも、いろいろ教えてね」
「わかった」
「ソニック」
「なんだ」
「もう、行くよ」
「そうか」
「……、ソニック」

抱きしめた両腕は、
しばらく離れそうになかった。



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20160201:でも見送る。
 
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