44 ほんき


服を何着か買って、デートコースについて調べたりもした。
化粧品も新調したり、他にもいろいろ。
下着からお洒落ははじまっているのだと説かれて下着も買う運びとなった。
監修はガロウくん。
何故彼は平然と女性用下着売り場に入って尚かつアドバイスまでできるのだろう。
そんな基本情報を仕入れたり身につけたりしているとき、ソニックは不思議そうな顔をしていたが、しばらくするとものすごく複雑そうな顔でこちらを睨んでいた。
とりあえず、あの手合わせの時から一度も会っていないサイタマさんに会いに行こうと思った。

「こんにちは」
「「……」」

がんばっておしゃれをして化粧をして。
女の子をして。
女の子であると実感したのは久しぶりかも知れない。
いつもはある程度しかしないから、なんだか緊張する。笑われたらどうしてくれよう。
ガロウくんのせいにしようかな。

「あ、えーっと、サイタマさんに、ちょっと、用ってほどでもないんですが、少し、散歩しないかと思って」
「「……」」
「あれ? ご、ごめんもしかして、私変なこと言ってる? それとも何か用事があるとか……」
「せ、先生!」
「お、おおお、お、おう! めちゃくちゃ暇だ!」
「だ、大丈夫、ですか? 体調悪い、とか」
「散歩だよな! 行こうぜ!」

ジェノスくんはばたばたとした後に、サイタマさんを見送った。
でも、なんだかジェノスくんはほんの少し元気が無い様に見えて、けれど、ガロウくんに強く言われた、「くれぐれもあんたがやりたいようにするように」と言う言葉を思い出す。
気にしすぎて何もできなければ、結局何も変わらない。
人の居ないZ市へ出る。
サイタマさんは予想していなかった出来事にあわてたり、何かを言おうとしてやめたり忙しそうだ。

「あの、サイタマさん」
「な、ど、どうした?」
「すいません、大した用事じゃないんです」
「へ」
「ただ最近恋愛に対して真面目になっただけで……。あの時、派手に砂投げちゃいましたけど、大丈夫でしたか?」
「え、あー、ああ。俺こそその、付き合ってくれてありがとうな。怖がらせて、ごめんな」

私は笑う。
確かに怖かった。
私に得はあったかと言われれば難しい。
あんな手合わせをしても、私が知ったことといえば、サイタマさんの怖さと、一撃の威圧感。
それから、少しでも気を緩めれば殺されるという緊張感を思い出した。くらいだ。

「なあ。なまえ」
「はい」

そ、とあの、どんな怪人も一撃で倒す手が触れる。
力加減を気をつけて、ということもないだろうけれど、なにか壊れ物にでも触るかのような手つきで、私の手を握っていた。
下手をしたら死ぬ所だったんだけど、なあ。
いまいち私に対する認識がわからない。
こういうときは、ちゃんと女の子を扱うようにしてくれるんだなと、少し面白くなる。

「大丈夫だって!」

がし、と両手で私の手を掴んで、正面から言う。
いまいち、なんの話かわからない。

「? 何がです」
「だから、この前のこととか」
「砂ですか?」
「そうじゃなくて。俺は別に、あの時お前が本気を出さなかった事とか気にしねえし、嫌ならもう言わない。もし現実で戦いたくないなら、俺が一生守ってやる。お前が俺より強くても絶対に守ってやる、って、言い、たくて、だな……、だから、その、な! 元気だせって!!」

あの時。
1分間だけこの人と戦ったとき。
私が、本気を出さなかった……? 今、確かにそう言った。

「ちょ、っと、待って下さい」
「ん?」
「わ、たし、本気を、出しませんでしたか?」
「え?」
「……本気、でしたよ」
「でも、勝とうとしてなかっただろ?」
「……勝つ、って?」
「いいって。別にぼこぼこにされたかったわけじゃないし。なんつーか、お互い怪我がなくてよかったよな」
「貴方が、ふっかけてきたんだと、記憶してますけど」
「了承したんだから、同罪だろ?」
「まあ、はい」

それはいい、が。
私はあの時、本気じゃなかったのか?
本当に?
…………え?
ならあの時の恐怖とか、は?
恐怖を感じる余裕があったとか? いや、そんなはずは……。

「あの、サイタマさん」
「ん?」
「いえ、その、そんな風に見えていたのなら、すいません。納得してもらうために、戦ったつもり、だったんですが」
「納得したって。で、俺はやっぱりお前が好きだ」
「目つぶしに砂を飛ばすような女が……」
「そういうことじゃなくてだな」

目を丸く見開いて、ぱちぱちと瞬かせながら、サイタマさんを見上げている。
子供のような、大人のような。
不思議な人だと思っていたけれど、とうとうわからない。

「まあ、いいや。今俺の言葉あんま入ってこないみたいだし、とにかく歩こうぜ。折角散歩に誘ってもらったわけだしな」
「あ、の、」
「なんだよ、手なら離さねえぞ! ジェノスともソニックとも手え繋いでて俺とはないのは不公平だ!」
「えーっと、私はそもそもなんでサイタマさんを連れ出そうと思ったんだっけ……」
「おいおい……」

私は本気じゃなかった?
いや、本気もなにもあんなもの見えないし見切れないただの勘で戦った試合に本気もなにもあるものか。どのみちあれ以上の動きはできないし、威力だって大して出ない。
本気じゃなかった、ことはない、はずだが。
いやこれは、また後で考えよう。
そのあたりのことはソニックに聞こう。そうだそのほうがわかるはず。
それでいい。
それはそれでよくて、じゃあ、なんだっけ。
えーっと、そう、ガロウくんだ、恋愛の先生ガロウくんが、お前からも知りに行く努力をしろと言うので、この人について知ろうと思ったんだった。
なんだっけ、いろいろ考えて来たはずなのに。

「なまえ?」

サイタマさんはひょい、とこちらを覗き込むが、私はそれどころではない。
なんだろ、なんだそれ?
え、本気じゃなかった?
そんなはず。
なら、本気って。
勝つってなんだろ。
そういえば、勝ち、なんて言葉ゲームと怪人以外だといつ使ったっけ。
はじめて勝ちを覚えたのは?
私の勝ちだと言われたのは。

「おーい……?」

それは遠く遠い記憶で、確か、確か確か、確か。
長兄とはじめて手合わせを、した、と、き―。

ちゅ。

突然、唇のすぐ横になにか私のものではないものがあたる。

「!!!? さ、サイタマさん!? なんですかいきなり、びっくりするじゃないですか!」

顔が近い。
びっくりしすぎて死ぬかと思った。

「いやだって、なんか深刻な顔してるし、いいかと思って」
「いやいやいや……!! あー、ああーもう、すいません、今日はこのくらいで、ちょっとソニックに確認してきます! サイタマさんが意味深なこと言うからですよ! 今度またゆっくり散歩しましょう! それでは! 突然お邪魔してすいませんでした!!」
「え、おい……」

だんだん自由にいろいろなことを話せるようになっている自分にちゃあんと気付いている。
そんなことより、私にもわからない私の事を聞くのはソニックが一番だ。
ソニックに今から鍛錬場へ行くから、と連絡を入れて、そのままの格好で向かうのだった。


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20160131:三人のことをもっとよく知る話はじめます。




 
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