02 これはなあに?


ジェノスがここに住み込むようになってすぐのことだった。
テレビの横に置いてある小さなロボットについて触れて来たのは。

「先生、このロボットはなんですか?」
「ん? あー、それな」
「あと、時々にやにやしながら眺めている手紙には何が書かれているんですか?」
「え、そんなににやにやしてる?」
「してます」
「まじで?」
「はい」
「……」

その話しをするのならば、随分昔のことも話さなければいけないし、助けた女の話なんかしたら、長くなるし何やら恥ずかしい。
まだ気付かれていないようだが、大切にしているジャージのこともバレたらあらぬ気を遣われそうでなんか嫌だ。
あー、とか、うーとか言ってどうにかごまかそうとして視線をさまよわせていると、ふとタイムセールの時間を思い出した。
しゅばっと立ち上がってわざとらしく言う。

「あーー! そういえばそろそろタイムセールの時間だぞ、ジェノス! 準備して行くぞ!!」
「えっ、まだ時間に余裕があるのでは」
「ばかやろう! いつもの野菜じゃなくて今日は肉だぞ!!? 並ばないと店に入ることもできないんだよ!!」
「そ、そうでしたか! 行きましょう先生!」

よかった。
どうにか誤摩化すことができたようだった。
しかし、俺が言ったことは全てが嘘というわけではなく、今日は肉が安くなる日なのだ。人海戦術で買えるだけ買わなくては。
全速力で走っていると、ジェノスが何やら難しい顔をしていることに気付く。
流石にあれでは誤摩化しきれなかったようで、しかし、俺が誤摩化したかったということには気付いてくれたらしい。もう一度聞いていいものか悩んでいるようだった。
俺も何かこれ以上深く聞かれない良い手を探さなければと同じように難しい顔をしていると、もうすぐそこにスーパーが見えた。
流石に全速で走れば早くて、まだそんなに人は集まっていない。
しかし、既に整理券は配っている様だった。
整理券をもらったところで、俺は件の話しについて良い案を思いつき、できうる限りのかっこよさを全面に出しながら言う。

「ジェノス」
「はい」
「さっきの話だけどな」
「小さなロボットと手紙の話ですか?」
「そうそれ。えーっと、―あれについて話をするにはお前はまだ若すぎる……。その時が来たら必ず話してやるよ」
「先生……!! わかりました! それほど重大なお話とはつゆ知らず失礼いたしました!」
「気にすんなって」

今度こそ完璧に誤摩化せた。
さっきのも失敗したわけではない。俺はきちんと時間稼ぎに成功している。
苦しい言い訳を心の中だけで展開して、俺はふうと息を吐く。
これでようやくぼうっと時間まで待つことができる。安心したら眠くなって来た。
ふわあと大きなあくびを隠しもせずに、涙で視界が少しだけ歪む。
その一瞬後、俺は、その歪んだ視界を元に戻すために、全力で目に滲んだ涙を拭うことになる。
ジェノスはそんな俺に気付かずに、同じ方向を見ていたように思う。
俺たちが来たのとは逆方向から、列の最後尾へと向かう一人の女が居た。
いや、そんな奴は何人も居て、そうではなくて。
その影には見覚えがあった。
あの時。あの時も俺は―。

「あら! なまえさんじゃないの、お買い物!?」
「え、ああ。田中さん。こんにちは。はい、そうなんです。今日は思ったよりお客さん少ないですね」
「やあねえ、これからよお。よかったらここ、入る?」
「いえいえ。ちゃんと列に並びます。―この前のパソコンの調子どうですか?」
「すっかりよくなったわよ! みょうじさんのお陰ね! 状態も新品みたいに綺麗になって、料金も全然安くしてもらって助かったわ。ほんと、ありがとうね」
「とんでもない。仕事ですし、当然ですよ」
「今度、新しい冷蔵庫を買おうと思うんだけどね。どのメーカーがいいか相談とかしてもらえるかしら?」
「構いませんよ。まあ私は、どんなものでも直しますけどね」
「頼もしいわあ! また頼むわね!」
「はい。ありがとうございます」

か、完全に声をかけるタイミングを失った。
うるさいおばさんに声をかけられていたと思ったら、今度は俺たちのすぐ後ろの人にも声をかけられていて、最後尾にいくまでに、何度声をかけられたかわからない。
俺はその様子を目で追うことしかできなかった。
途中、ジェノスの突っ込みがはいらなかったことを不思議に思ってジェノスを見ると、ジェノスもあの女のことを目で追っていたようだった。
あの子は別段目立つ容姿というわけでもないが、やたらとごつくてかっこいいヘッドフォンを肩にかけていて、それが印象に残るといえば残る。

「―会話から察するに家電屋か何かでしょうか」
「……」
「先生?」
「なんでもねえよ……」
「そうですか?」

案外、先ほどの話をする日は近いのかも知れなかった。
俺はそれからタイムセールの時間まであの子のことが気になってずっとちらちら後ろを見ては、すぐ後ろの主婦に怪訝な顔をされ続けていた。


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2016/1/4:彼女はメカニック。
 
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