31 病むに病まれぬ9


三日目はジェノスくん。

「おはようございます、調子はいかがですか?」

声は、いつもとは少し違う色を含んでいるような気がした。
少しだけ固い。
相変わらず、その表情は伺い知ることができなかった。

「体調は悪くないよ」
「まだ、見えませんか」
「ごめんね」
「いえ、そんな! 俺のせいです……」

ジェノスくんはどんな思いでこの二日間を過ごしたのかわからないけれど、元気がないのは心配になる。
ぐいぐい来られたらそれはそれで困ってしまうが、そんなに気にしなくてもいつも通りで構わない、とうまく伝えるにはどうしたらいいのだろう。
変に気負うことはないのだ。
そのせいか、三人でここに居た時から、なんだかやること全てうまくいっていないような。

「なまえさん」
「ん?」
「あの」

そのまま、じっと待つ。
暗闇の中でただ少しの温かさを感じている。
きっと、見えなくってもジェノスくんは、こちらを真っすぐ見ているのだろう。
だから、見えなくっても私もまっすぐに、ジェノスくんに向かうのだ。

「……」

彼は何を言いたいのだろう。
じっと待っていると、ジェノスくんは苦しそうに言う。

「―お腹が空きませんか?」
「そうだね、今、何時?」
「8時になったところです。あの、なにか、俺に手伝えることはありますか?」
「ん? ああ」

ジェノスくん、と呼ぶと、小さくはい、と言う。
私がベッドから出て立ち上がって、そうして手を伸ばすと、ジェノスくんの機械の指先が遠慮がちに手のひらに触れた。
すい、と手を内側へ。
ぺたり、とジェノスくんの頬に触れる。
そのまま少し背伸びをして、金色の綺麗な髪を撫でた。

「ありがとう」
「いえ、そんなこと……、俺は、貴女に迷惑をかけてばかりで」
「ははは」

びくり、とジェノスくんが震えたのがわかる。
そうか、直接触れていると、わかることも増えるんだなあ。

「気に、しているように見える?」
「……ですが、もし、治らなかったら」
「多分明日にでもよくなるから、ね」
「そんな根拠どこにもありません」
「こんなのもうちょっとしたら慣れるから、大丈夫」
「―昨日、視界情報を切断して家事をしてみましたが、普通に歩く事もままなりませんでした。壁にぶつかったり、転びそうになったり、今貴女にそんな思いをさせているのはっ……!」
「あの眼鏡の怪人かな」
「俺です!!」

彼は涙が出るのだろうか。
わからないけれど、もしかしたら泣いているかもしれなかった。
そんな必要ないのに。
この子が悲しむことなんてどこにも。

「慣れる、というか、ある程度慣れているし。本当に大丈夫」
「……大きな声を出して、すいません」
「ここはゴーストタウンだから。平気」
「違うんです」
「ん?」
「本当は違う」
「……」
「俺のせいではあるんです。後悔もしている。弱い自分に腹も立つ。でも、貴女の目が治らなければ、俺には貴女の隣にいてもいい理由ができる。なまえさんに頼ってもらえる。触れられる。なまえさんの優しさにつけ込んだ、そんなことばかり考えるんです……!」

言わなければいいのに。そんなこと。

「本当は俺が、なまえさんが何一つ不自由がないように動かなくちゃいけないとわかっています。けど俺は、なまえさんの心配よりも先に、なまえさんと一緒に居られることが嬉しいと思ってしまっていて、俺には、ここに居る資格がないんです。今だって、俺は……!!」

言わなければ、気付いたって気付かないフリをするのに。
気付いてほしそうなら、気付いてあげるのに。
責任感と、私へ抱いている気持ちとがぐちゃぐちゃに混ざって。喜んだり悲しんだり心配したり。
けれど、ジェノスくんは、本心から私の目が治らなければいいと思っているわけではない。
そんなこと、ちゃんとわかってあげるのに。
大丈夫だと適当に慰める事もできるだろうが、どうにも放っておけない。
だから、助けようとしてしまうのだろう。

「びっくりするくらい、素直で真っすぐだね」
「もっとわかりやすく罵ってください」
「褒めてるんだよ」
「褒めないで下さい」
「どうして?」
「ものすごく、嬉しいので」

ふ、と胸の内からこみ上げる。

「ふ、ふふ、ははははっ」
「……なまえさん?」
「ふふふふ、あははははは!」
「あの……」

困った顔が目に浮かぶ。
けれど、笑わずにはいられない。
ベッドにもう一度体を沈めて、どうにか堪えようとするけれど、それでも面白くて面白くて。
腹を抱えて笑うとはまさにこのこと。
後ろでジェノスくんが反応に困っているのがわかる。
涙まで出て来た。
こんなに笑ったのはいつぶりだろう。
ソニックが冷蔵庫を担いで来た時ぶりだろうか?

「ご、ごめんごめん。バカにしてないよ」
「いえ」
「ああ。面白かった」
「……」

ベッドの端に座って、涙を拭う。
涙を拭うが、全然止まらない、少し、笑いすぎただろうか。

「面白かった、ですか?」
「うん」
「お役にたてましたか?」
「最高」
「! それは、その、先生や、音速のソニックよりも……?」
「ああ、そういう話ではないんだけれど」
「そうですか……」
「うん」

ジェノスくんはしゅん、と落ち込んでいる。

「いつも通りでいいよ」

彼の左手を両手で覆う。
この素材は良い素材だ。
ではなくて。

「いつも通りがいいよ」

どうか綺麗に笑えているといい。
この子の不安を吹き飛ばす程度には。

「なまえさん……、それは……」

ジェノスくんがもう片方の手で私の手をがしりと掴む。

「いつもの俺が、好きということですか……!?」
「うーん、その意気だ。じゃあ、ご飯を食べよう」
「その前に着替え手伝います」
「着替えは大丈夫」
「そうですか……」

元気になったようで何よりだ。
これであとは、私の目さえ回復したら。
目。

「あ、れ」

寝室は薄暗くて、涙で滲んで、気付かなかった。

「ジェノスくん」
「なまえさん?」

金色の髪の、やたらと真っすぐなサイボーグが振り返る。

「ああ、髪の毛、撫で付けたからちょっとぼさぼさになっちゃってるね。ごめんね」
「え? 髪くらい別に……、! なまえさん、俺のこと、見えるんですか!!!?」
「泣けば良かった……? でも涙くらいあの時とか……量?? あの時のじゃ足りなかったってこと? これだけ涙が出てようやく悪いものが出ていったってところ、なのかな」

淡々と言う私に、ジェノスくんは飛びかかるように抱きついた。

「わ、心配かけてごめんね」
「お願いがあります……!!」
「ん?」
「まだ見えていないことにしておきましょう……!!」
「あー……」

営業再開の準備を手伝うことを条件に、私はそのお願いを聞いてあげることにした。



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2016/1/18:あらいい雰囲気ね(小並感)
 
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