28 病むに病まれぬ6



結局。
あまり眠る事はできなかった。
しかも、視力も戻らない。

「おはよう」

昼まで眠る気にもならなかった。
着替えて降りて行った私を迎えてくれた三人は全然元気そうで、私は小さく息を吐いた。

「おはようございます、なまえさん。朝ご飯は何を食べますか」
「なまえ、お茶漬けを作ってやったぞ」
「く、貴様……!!」
「なまえー、このバナナ食っていい?」

もしかしてサイタマさん、少しはしゃいでいるのだろうか。
私にはわからないが、なんだかいつにも増してマイペースな気がする。
いつもの席でご飯をもらうが、やはり頭上に何かが行き交っている。
みんな自由にするのはいいが、部屋を荒らすのだけは勘弁してもらえたらなあと思う。

「あるもの、適当にたべていいですよ」
「マジで?」
「はい」
「なまえはいい嫁さんになるな、―あっ! いや、今のに深い意味は、なくて! いや、あっても全然いいんだけどさ」

不用意に爆弾を投下するのはやめて頂きたく……。
今は自分のことより、周りの反応だ。見えないけれど、周囲をちらちらと見る。
それはたぶん、まずい。

「なまえさん!俺もそう思います!」
「なんだお前らは! なまえの何を知っている!!?」

はじまってしまった言い合いをどうにかするのは難しくて。
少しずるいが、ちらりとサイタマさんの方を見る。
この人がどうにかしてくれるのが一番はやい、そんな他力本願な視線を送った(見えていない)が、サイタマさんはまだ一人で嫁がどうのという話をしている。
意識するとだめらしい。

「サイタマさん」
「そういうのってほら、お互いの合意がさ」
「サイタマさん」
「まあ、俺は金とかないけど、しかもハゲだけど、絶対に守るし」
「サイタマさん!」
「は! え、何?」
「あの二人を、止めてもらえませんか」
「何言い合ってんだ? あいつら……」

私が一歩踏み出すと、何かを踏んで、盛大にバランスを崩す。
昨日までこんなところに何も落ちていなかったのに……!
けれど、私が転ぶことはなく、程なく誰かが支えてくれる。
これは、一人ではないような。
正面は、一番近かったサイタマさんだけれど、右と左にも違う手の感触。
ああ、こんなことが。

「近えよ、お前ら」
「それなら離れろ、サイタマ」
「先生にふざけた口をたたくな、変質者」

私の視力が戻らないのも。
三人が揃うのも問題ではない。
私を支える手が、体が、その全部がひどく優しいことだけがやはり、問題なのだった。
なんだか申し訳なくなってくる。

「ありがとう」

誰にともなくそういうと、私は起き上がって、本当は台所へ行こうと思っていたけれど、床に予想外のものが落ちていることがあるのだと思うとそんな気も起きなくなってしまった。
立ち尽くす。
転びそうになるたびにこんな状態になっては、心臓がもたない。
いやにドキドキしている。

「なまえさん、大丈夫でしたか?」
「うん。おかげさまで……、お昼ご飯の準備をと思ったんだけれど、まだ作り置き、あるかな」
「4人分は厳しいかもな、いい加減帰ったらどうだ」
「いや、お前が窓ぶっ壊したんだって」
「知るか」
「先生、やはりこの変態を消し炭にしましょう」
「えー?」
「やれるものならやってみろ、金魚の糞野郎」

こういう時のドキドキとは違うのだが。
けれど、逆に、この三人がものすごいチームワークで生活をサポートしてくれたのなら、それはそれでまずい気もした。
こうして適度にいがみ合っていてくれた方が、もしかしたら良いのかも知れない。
罪悪感もありがたさも適度で、どちらも行き過ぎない感じが、丁度いい、が、やっぱり部屋で暴れられたり、口論になったりというのはなかなか心配になる。
ともかく。
このままでは人数分の昼食はないらしい。
何か食材が残っていただろうか?
最近忙しくてろくに料理をしていなかった。
作り置きを少しずつ食べたり出先でごちそうになったりしていたから、野菜室を見た記憶が随分と遠い。
外食は、避けたいところだ。
だが確か、冷凍食品がまだ残っているはずだ。
米も昨日、サイタマさんが炊いてくれていたから……。

「あの、」

視線もわからないが、多分、聞いてくれてはいる。
食べ物をあっためたり、はまだいいが、料理を作るまでの自信はない。

「まかせても、大丈夫……?」

彼らは同時に言う。

「まかせとけ」「まかせて下さい!」「当然だ」

かなり不安だったが、このまま見ていても更に不安を煽られる。
私は「ありがとう」とだけ言うと、足下に気をつけながら作業場へ向かい、そこから地下へ降りて行く。
声をかけてくれたけれど、大丈夫だから、とおそらく誰も入っていないであろう地下室でごろりと寝転がる。
床が冷たくて気持ちいい。

「もしかしたら、私がもっとしっかりしていれば」

否、そんなことをしなくてもソニックはサイタマさんに突っかかっていくだろう。
視力が戻るまでに家が全壊しないことを祈るばかり。

「君はどう思う? 私は誰かを選んで他の人たちには帰ってもらうべきなのかな?」

いるはずのロボットに声をかける。
なんだか体がじわじわと熱くてごろりと寝返りを打つ。
床が本当に冷たい。

「サイタマさん、ジェノスくん、ソニック……」

家のことも私のことも知っている、ソニックならば妥当だけれど、ジェノスくんは納得しないのだろう。
とは言えジェノスくんに頼んだとしても、ソニックもきっと首を縦には振らない。
ならばサイタマさんだろうか?
状況がおかしいとしか言い様がない。
いっそ入院してしまおうか?
それならば病院での生活になる……。

「はー……」

ひどい有様だ。
怪人相手に、情けない。
そもそも私が、もっとちゃんと庇えていれば問題なかったのに。
あまり席を外しても心配させる。
ゆっくりと立ち上がるが、なんだか妙に体が重い。

「……?」

何も見えないのに、視界が揺れるようだ。
ぐらり、
まっすぐでいられなくて大きくよろめく、しかし、それに体が対応できずに踏みとどまることすらできなかった。
支える人が誰もいないここでは、ぐしゃりと少し生温くなった床に体が投げ出される。
腕を立てるが、力がぬけてかくり、と床へと戻ってくる。

「はあ、は……っ」

息が荒い。
頭ががんがんと痛む。
最悪だ。
また、心配させる……。


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2016/1/17:ほんとは誰にだって頼りたい。
 
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