26 病むに病まれぬ4


借りて来た猫のよう、とはこういうことを言う。
はじめに座った場所に正座でじっと動かない。
なんとなく間取りを覚えてはいて、音でなんとなく周りの状況を把握できる、とは言っても何も見えないというのはやっぱり怖い。
怖い、けれど、もう一つは。
遠い記憶を呼び覚ますような。

「なまえさん?」

目を開けているのに、見えるものはない。
声。
音。
今は随分音が多い。
昔は、あの時に聞こえていた音と言えば、風が壁を揺らす音と、外を通る人間の声くらいのもで。
朝もなく、夜も無く。
ただただ暗い世界に身を置いていた。
私にはなにもなくて。
寒さも熱さも感じなくて。
私の世界には音しかなくて。

「―、」

誰かが私の名前を呼ぼうとしたようだが、それは違う音に阻まれる。
がしゃあん、
ガラスが割れる音が耳を突き刺す。
私をジェノスくんがかばってくれたようだけれど、サイタマさんの部屋、ひどい有様なのではないだろうか。

「なまえはここか……?」
「え、お前……」

声はソニックのもの。

「ソニック」
「なまえ、何故こんなところに居る?」

ようやく立ち上がって、声のするほうに手を伸ばす、もう少し、先、だろうか。
距離感がつかめずに、歩を進めようとすると、ソニックがこちらに来てくれて、私の動きを静止させた。
「ガラスを踏むぞ」と静かに言う声が近い。

「おいおい、ソニックお前、なんてことしてくれてんだよ!」
「忍者がライバルの家に玄関から入ると思うのか」
「先生、俺が始末します。なまえさんから離れろ、音速のソニック(笑)」

声がする方へ視線を彷徨わせる。
その現状とはワンテンポ遅れた私の動きに、ソニックは呆れた様に言う。

「見えていないのか? 何故そんなことになっている?」
「まあ、いろいろあって……」

ソニックがため息を吐きながら、ひょいと私を抱き上げる。
最近こういうことばかりだ。

「……おい、サイタマ! 今日のところはここで退いてやる! 必ず殺してやるから待、」
「なまえさんから手を離せ」

ジェノスくんの手が肩に触れる。
こういうときは相変わらずなりゆきに身を任せてしまう。
鬼気迫るようなジェノスくんの声だが、焦燥の色が見えるのは、やはり、責任を感じているから、なのだろうか。

「ふん……。勝手に吠えていろ。大体、目が見えない人間を不慣れな場所に置くことが筋違いとは思わなかったのか?」

自信満々にこの家に引きずって来た姿はどこへ行ったというのか。
二人揃って、ただ一音。

「「……あ」」

◆ ◆ ◆

「で、どうしてお前達まで来る!!?」
「いやー、だってさ。お前が俺んちの窓壊したし、それに、なまえの目は俺のせいなんだよ」
「いえ、先生! あれは間違いなく俺のせいです!」
「そんなことはどうでもいい!」

何故こんなことになっているのだろう。
私の家にこんなに人が居るのは初めてだ。
勝手知ったるこの家ならば、目が見えなくても何がどこにあるのかわかる。
けれど、私が食べ物を温めて、お茶を淹れてもてなしているのはどうしてだろう。
まあ、ジェノスくんあたりが一番に気付いていろいろしてくれようとしたのだが、結局この家のことを知っているのは私とソニックくらいのもので、役に立てないと落ち込んでいる。
その気持ちだけで充分だ。

「とりあえず落ち着いてよ……」

作り置きの物を温めて、テーブルに出すと、ジェノスくんがはっとしてこちらへ来る。
ソニックはずっとサイタマさんに噛み付いている。
サイタマさんはそれをあしらうのに忙しいみたいだった。
私はいつもの席に座るのだけれど、そこがさらりとソニックの隣だったこともあり、それでまた一悶着あった。
深刻になってくれ、とは言わないけれど、なんだかひどく効率が悪い、そんな気がした。
私としても、目が見えないとなれば、一人誰かが近くにいてくれたのなら心強いが、三人も居られては、もてあます、し、嫌に騒々しい。
とは言え、私から三人のうち一人を選ぶなんてことはできない上に、心配してくれているのに邪魔だなんてとてもじゃあないが言えたものではない。

「! なまえさん! このポテトサラダおいしいですね!」
「それはよかった」
「豚汁もうまいなー」
「まだあるので、よかったらどうぞ」
「……お前達は一体なにをしに来た!!?」

翻弄されるソニックは、多分少し面白いのだろうけれど。

「なまえさん、お茶を淹れてきましょうか?」
「え、ああ、ジェノスくん、そんなに気を遣わなくても」
「なまえ」
「ん?」
「お前の分だ」

手渡される冷たいお茶。
ぴり、と私の上で何かが行き交うのを感じた。

「なまえー、風呂ってどこ?」
「ああ、それなら―」
「入浴の準備をされますか!?」
「え、いや、あの」
「なまえ、一式ここに置いておくぞ」
「……!」
「あ、ありがと、あの、さ、ジェノスくん」
「なんですかなまえさん! 入浴のお手伝いいたしましょうか!!?」
「お前、なまえをなめているのか」

なんて、表現するべきなのだろう。
サイタマさんはこちらを気遣いつつもどちらかというと家に興味があるようで、別次元にいるような気がする。しかし、ジェノスくんとソニックは一緒においてはいけないような、そんな気がした。
どちらもよく気がつくのだけれど、うまく噛み合っていなくていがみ合っている。
全員ふざけているつもりはないのだろうが。

「風呂に入っておけ、その間に追い返しておく」
「あ、窓の修理代、私の財布から適当に」
「わかった」

たぶん、わかってないんだろうなあ。
思うけど、私はおとなしく風呂場へ向かう。
今日の入浴時間は随分と騒々しくて、追い返すことはきっとできないだろうなあという私の予想は、見事に的中することになる。


----
2016/1/16:ちょっと邪魔かもなっていうのは本当はみんなちょっと思ってると思う。
 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -