21 はなしたいこと


流石に店内ではとなまえさんが言うので、断腸の思いで手を離した。
そして、いざ喫茶店に入ってみれば、なかなかどうして気の効いた話題が出てこない。
なにもかも聞きたくなる。
けれどきっと、なにもかもは話してくれないだろう。
しばらくなまえさんは空気を楽しむように、窓の外をみてぼうっとしていて、俺はただひたすらにそわそわしていた。
以外にも、静寂を破ったのはなまえさん。
店員が運んで来たパンケーキをつつきながら言う。

「ジェノスくんはどうしてサイタマさんの弟子なの」

以前の、逃げるための質問とは違う、ひどく自然にこぼれだした疑問に、少し驚きすぎてしまう。

「……え」
「え……?」

なにか間違えただろうか、そんな表情のなまえさんを見て、慌てて次の言葉を紡ぐ。

「あっ、いえ、その。先生のように強くなりたくて」
「ふうん。S級なら、充分じゃない?」
「あの」
「うん」
「実は」

何でも話して欲しい、は、簡単に何でも話したい、に変化した。
俺のことも、知ってほしい。
俺がサイボーグになった理由から、先生に弟子入りした理由、今の目標なんかを順に口にする。先生には20文字以内で簡潔にまとめよと言われた話だったけれど、話している間、なまえさんはじっと俺の話を聞いていた。
ただまっすぐに、こちらを見てくれていて。
こんなに目が合っていたのははじめてで、なまえさんの瞳は湖のようにきらきらとしていた。
その瞳を見ていると、まるで、この世界にたった二人しかいないかのような錯覚を覚える。
じ、と覗き込むような瞳が心地よくて必死になって話をする。
そのまま、俺だけを。

「そうかあ、君も大変だったんだね」

けれど、自分の歩いて来た道など高が知れていて、じっとなまえさんを見ていたせいで、きっとおかしなところで言葉が切れただろうに、なまえさんは気にせずたったそれだけ言った。

「それにしても。そのクセーノ博士っていうのは良い人だね。食事ができるのはいいことだと思う」

なまえさんは言う。

「そうじゃなきゃこうやって喫茶店付き合ってもらうのも悪いもんねえ」

俺は「はい」と相槌を打つのも忘れて、なまえさんの声を聞いている。

「暴走サイボーグだかなんだかわからないけれど、まあ、ほどほどにね」
「……俺の話を聞いて下さっていたんですね」

かくり、となまえさんは項垂れた。

「私が聞いたのになんでそういう話になるの」
「いえ、その。嬉しいです」
「……まあ確かに、サイタマさんなら短くまとめてこい、とか言いそうな長さではあったけど」
「―はい。その通りです。よくわかりましたね」
「……」

なまえさんは伺う様にこちらを見ている。

「―今日で随分、ジェノスくんのことも知ったけどね」
「!」
「だから、そんな寂しそうにしなくても」

先生の想い人であり、俺の想い人でもあるこの人。
先生のようなすばらしい人が愛する人。
本来ならば、それを応援するべきだと思っている。ライバルなんて言っても、きっと先生はなまえさんのことを絶対に守るのだろうし、幸せにもするのだろう。
だから、けれど。やっぱり。
日に日に、真剣にならずにはいられない。
この人の隣に居られる人間でいたい。
そう、思わずにはいられなかった。
「サイタマさんなら」と言ったなまえさんに、ほんの少し、焦るような気持ちを感じたのがわかったのだろうか。
前までならば、気付いたとしても、確実に見なかったことにされていた。
やっぱり、確実にこの人と仲良くなれている。
恋人には遠いけれど、もし、もしもこの人が俺を選んでくれたのなら―。

「さて、これから用事もあるし、このくらいでね」
「なまえさん……」
「ん?」
「今夜泊めてくれませんか?」
「どんな話しの流れだそれは」
「ご飯を作って待っていますから」
「サイタマさんじゃないんだから、そんなことくらいじゃ泊めないよ……」
「なら、どうしたら泊めて頂けますか!!」
「あ、あと、今度家の前で爆発するって言う脅迫したら怒るよ」
「え!!?」
「え……? ちょっと嬉しそうにするの勘弁してもらっても? ほら、今日は帰ろう」
「………」
「…………」
「……………わかりました」
「うん、よかった」
「今度、なまえさんの好きなものについて教えて下さいますか?」
「好きなもの? まあ、それくらいいい、けれど」
「約束ですね」
「……なんだかなあ、大丈夫かなあ」

なまえさんの手を強引にとろうとすると今度は見事によけられた。
こういう時は相変わらず困った顔をするけれど、普通にしていれば普通に接してくれるらしい。
だが、普通、では全然物足りない。
俺がどうしたものかと考えているうちに、なまえさんはさらりと会計を済ませてしまった。
「年上だし、社会人だから」と当然のような立ち振る舞いにくらりと来ては、もう今日はこれで別れないといけないのだと思うと、どうにも切なかった。



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2016/1/14:他のキャラも出したいようなそうでないような。
 
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