20 それはずるいやい


俺は意を決して携帯の通話ボタンを押した。
程なくいつもより高いトーンであの人の声が聞こえる。

「はい、家電修理のなまえです」
「なまえさん。ジェノスです」

あぁ、と言って戻る口調に優越感を感じる。
こちらの方が落ち着く。

「また何か壊したの?」
「いえ。俺とデートして頂けないかと思って」
「ん?」
「俺とデートしましょう」
「いや、ちょ」
「先生とはデートしていらして、この間はうどんを食べに行ったそうじゃないですか。俺ともどこかへ行きましょう」
「その理屈はおかしいような」
「今なまえさんの家の前に居るので1時間以内に出て来て下さらなかった場合、爆発します」
「それって」
「はい」
「脅迫だよね」
「お誘いです」
「S級ヒーローに脅迫されるなんて笑えないんですが」
「なまえさん、あと59分です」
「いやちょっと更地にされるのは……」
「デートして下さい」
「な、なんなんだこのサイボーグ……」
「では、待ってます」

きっと来てくれるだろう。
彼女は優しい。
そう思って電話を切る。
なまえさんは相変わらず俺や先生の前にすうっと壁を張っているけれど、時々ふっと横に居るときがある。
彼女自身もあまり深入りしないようにはと思っているようだったが、最近は少し違う。
多分だが、俺や先生があまりにも構うものだから、あまりにもその好意を隠さないものだから、興味を持ってくれたのではないだろうか。
手が届きそうなくらい近くでこちらに混ざり込んでいる。
首を傾げて見上げているが、なんだかそのうち、そっと手をとってくれるような、そんな気がしている。
だから今日もきっと、いつもの困った顔を貼付けて、それでも俺に付き合ってくれるだろう。

「!」
「最近忙しいから、夕方には解放してもらえる?」
「はい! ありがとうございます」

ひょっこりと玄関からこちらに出て来て、がちゃりと門を閉める。
やはりヘッドフォンはしている。
俺はす、と手を出して言う。

「それじゃあ、行きましょう!」
「どこに?」
「どうぞ」
「ん?」
「手を繋ぎましょう」
「……ジェノスくんさ。そんなことしてるけど、私が誰とでも手を繋ぐような奴だったら嫌じゃないの?」
「それでも今は俺だけでしょう?」
「うーーん?」

少し前までなら、ただただ困って、「それはどうなんだろう」くらいのものだったのだけれど、最近はこうして考えてくれることが多くなった。
俺にはそれが堪らなく嬉しくて、こちらに近寄って来てくれているのかもと気持ちが高まる。
何にせよ、俺にはサイタマ先生というライバルもいて、サイタマ先生曰くもうひとり厄介そうなライバルもいて、なかなか厳しい道なのかも知れないけれど、それでもなまえさんはどうやら『恋』というものに興味が出て来たらしかった。
近所の主婦が『結婚』や『恋』について、なまえさんに聞かれた話しで盛り上がっていた。
手を差し出すが、やはり興味本位だけでは握ってくれない。

「で、どこにい、っ!?」

歩き出して、無防備に揺れた左手を半ば乱暴に掴む。

「…………あの」
「はい」
「ちょっと?」
「どうかしましたか?」
「これは流石に無理矢理すぎでは?」
「そう思いますか?」
「うん」

ぐいぐいとなまえさんは俺に捕まっている手を引っ張るが、簡単に離しては、今度は警戒されて手など触らせてもらえないだろうから、離すわけにはいかなかった。
何事もなかったかのように歩き出して言う。

「そのヘッドフォンは、いつもつけていますが、大切なものなんですか?」
「いや、あの、離してくれる?」
「話しならしていますよ」
「ちがくて」
「違う話題にしますか? 思ったよりも平然としていらっしゃいますが、ひょっとしてこの程度のことには慣れているんですか?」
「え」
「え?」

しまった。
この話題はよしたほうが良さそうだ。
けれど、ははは、と曖昧に笑うなまえさんが珍しいから、別にいいか。
それに、全く聞きたくないわけではない、この人に関することならばなんでも聞いてみたい。
なんでもないことをゆっくり話す。そんな関係になりたい。

「ところで、なまえさん」
「ん?」
「どこか行きたいところはありませんか?」
「……ジェノスくんこそ、どこか行きたいところがあって私を外にひっぱり出して来たんじゃないの」
「俺はなまえさんと一緒に居たかっただけですよ?」

言うと、じ、とこちらを伺うなまえさんにどきりとする。
俺の奥の奥、深いところををのぞくような目が好きだ。
俺も負けじとなまえさんの瞳を見つめる。

「……じゃあ、事務所の近くにできた喫茶店に行きたい」
「っはい! 行きましょう!!」

手が握り返されることはなくとも、少しずつ少しずつ、許されている。



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2016/1/12:もうちょっとジェノスのターン。
 
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