15 気付いたら手を伸ばしている


「なあ、もしあれなら、遠慮するなよ」

先生が言った言葉に、俺は首を傾げたけれど。
その意味が、わかりそうで、なんだか少し怖かった。
ちょっとした食材の買い出しで、なまえさんの姿を見つけた。

「どうも。ジェノスくん」

なまえさんは俺たちを避けたりするのをすっかり諦めて、挨拶くらいの会話ならばなまえさんからしてくれるようになった。喜ばしいことだ。
確かにそう思っている。

「なまえさん」
「ん?」
「先日の、先生とのデートはどうでしたか?」
「……会うなり突っ込んでくるねえ」
「楽しかったですか?」
「まあ、そりゃあ、イベントがイベントだったし」
「楽しかったですよね?」
「楽しかったでいいからちょっと落ち着いてくれませんかね」
「あ、すみません」

なまえさんが持っているカゴにはたまごともやし。ねぎと豚バラ肉が入っている。
それから、クリームチーズと生クリームなども見える。
お菓子でも作るのだろうか。
俺が一度引くと、なまえさんは困った顔のままふうと息を吐いた。
いやそう、というよりは、どうにもやはり、俺や先生の扱いに困っているようだった。
先生のことをどうしたものかと悩むのはわかるが、俺のことも多少なりとも気にしている様子で、けれども俺はいまだに彼女の近くへ寄るための言葉を見つけることはできていない。

「今日の晩ご飯は、肉じゃが?」
「はい、そのつもりです」
「いいね」
「! 食べにこられますか!!?」
「え、いや……」

首を振るなまえさんに、そうですか、と肩を落とす。
一緒にレジに並んで、スーパーを出ると、なまえさんの家は反対方向だ。

「じゃあ」

軽く手を挙げて、そう言ったなまえさん。

「あの」

声をかけると、足をとめて振り返ってくれる。
なんだか本当に不思議な人だ。
話しかけたり踏み込んだりするとあんなに困っているのに、見えてしまったものを見なかったことにはしないし、聞こえてしまったものを聞こえなかったことにはしない。
先日、彼女が怪人を切り倒す姿を見かけた。
強くて美しくて。
こんな人があの時楽しそうに探していたものはなんだろう。
どんなものを面白いと思うのだろう。
どんなものが楽しいのだろう。
本当のところ、俺や先生のことをどう思っているのだろう。

「送ります」
「……なにを?」
「家まで、送らせて下さい」
「ん? あー、そっち? お気遣い無く」
「お願いします!」

正面に回って頭を下げると、きょろきょろと周りを見た後に、「わかった、わかったから」と言った。
「ありがとうございます!」と言う俺を見上げて、やっぱり諦めたように笑った。
許されたのでとなりを歩いて、荷物も同じ手法で奪い取った。

「ご迷惑でしたか?」
「迷惑とかではなくて、対応に困ってるだけ」
「そうなんですか」
「君の先生は私のことを好きとか言うし、君はそれを後押ししようとしてる。それがわかってるから、どう振る舞ったものかなって思ってるんだよ」
「……」
「でも、何言っても何しても仕方ないんだろうから、私は私の生活をしようかなあっていうのが今のスタイル」
「俺は、先生は本当になまえさんを大切にして下さると思いますよ」
「ジェノスくんは本当にサイタマさんが好きだね」
「尊敬しています」

貴女のことも。とは言えなかった。
なまえさんが先生のところへ来てくれたのなら、俺ももっといろいろななまえさんを見ることができるだろうし、俺に頼ってくれるようにもなる気がする。
小さな体で一人で立って、一人で戦うこの人の隣、に。
……。
なんだって……?

「なまえさん。先生が以前。『遠慮するな』とおっしゃっていたんです。どういう意味だと思いますか?」
「ええ? 状況によるんじゃないかな」

なまえさんは右手の人差し指、第二間接を顎にあてて考える。
考えてくれている。
俺の、問いに返すために。

「そのままの意味なんじゃないの。弟子だからって遠慮するなって」

例えば、同じ人に好意を抱いたとしても?

「なまえさん」
「え、なに?」

先生があのとき詳しく言わなかったのは。
俺の気持ちに、先生の方が早く気付いていたからだったのか。
俺を直してくれた時の優しい手つきや、小さな気遣い。
いや、もしかしたら、もっと前から。
今日も思わず、別れが惜しくて声をかけた。
先生のために仲良くなろうと、情報を得ようと思っていた。
けれど、先生がなまえさんとデートに行った時、その感想を聞いて、俺も同行したかったなんて、俺も出かけたかったなんて思った時点で、気付くべきだったのだ。

「あの……、近くない? なに? ゴミでもついてる?」
「いいえ。とても綺麗ですよ」
「へ?」

先生が告白した時と同じ顔。

「なまえさん。手を、つなぎませんか」
「え、いや……」

なまえさんは首を振って、そのまま少し体をずらすと、俺が預かっていた荷物を奪い去り、すたすたと歩いて行った。
それでも今日は送ることを許されているので、遠慮は一切なしで、なまえさんの隣を歩く。

「貴女が好きです」
「私君を見殺しにしかけたことあるんだけど」
「丁寧に手当して下さった時のことですか?」
「なにこれ……」

小さく呟いた声。

「触れてもいいですか?」
「この師弟ちょっとおかしいんじゃないかな」
「なんなら担いで行きますよ。人目もありませんし、どうですか?」
「師匠よりやばい弟子、かあ……」

なまえさんは俺から少しずつ距離をとるけれど、俺はそのたびに、近くに踏み込んで話を続けた。



----
2016/1/9:覚醒
 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -