どうか思い知ってくださいEND


モブに声をかけると楽屋の壁が壊れて、俺たちの体が浮いた。残念だが、何も知らない俺ができることは多くない。
このテレビ局から病院まではそう遠くなく、できるだけ人目に触れないように急いでなまえの病室に降り立った。窓からである。エクボも一緒に飛んできて、事の行き先を見守っている。

「なまえ……?」

疲れた顔の女優はあまりの展開に着いてこられていないようだった。モブに浮かされながらひとしきり暴れてみたりしていたが、ここへ来ると大人しくなった。
特別な能力持ちではないことはわかったし、なまえを見つめる目はやや困惑していた様子だったから、なまえのことが憎いだけでは無いこともわかった。俺達は彼女らの様子をじっと見つめる。
なまえの友人は、なまえの頭の横、テーブルに置かれた便箋を見る。
そこには手紙がある。
たった一文の短くて、小学生でもわかるような内容だ。

『あなたがしあわせでありますように』

息を呑む音が聞こえた。そして彼女は肩を震わせて、便箋を千切り、手の中に。
ぐしゃり、と便箋が小さくなって。
その手紙は。
あらん限りの力を込めて、ゴミ箱に捨てられた。

「あんた」

振り返った彼女は、俺を睨み上げていた。
肩と膝とがずし、と重たくなる。「こりゃ、強烈だな」エクボが隣でそう呟く。既に、生霊や呪いだけでなく、このとんでもない負の感情でその辺の浮遊霊まで巻き込んで、恨み辛みがオーラとなって見えるようだ。これを一心に受けていたのが、なまえである。

「なまえの幼なじみだか同級生だか知らないけれど、バカにしてんの?」
「……何の話だ?」
「とぼけんじゃないわよ、あのクサイ手紙。あの文字」
「……」
「これは、この子の文字じゃない」

膨れ上がっていく、これが何年も、なまえに向かっていたのだと思うと不甲斐なくて堪らない。この悲しいような悔しいような気持ちは、どっちのものだろうか。俺のか、それとも。

「あんたいったい、なんのつもり? こんなことして仕事の邪魔して。あんた、私をムカつかせて、こんなふざけた手紙読ませて。私には、下らない三流劇に付き合う義理も時間もないわよ……!」

まずいぞ、霊幻! エクボの声が聞こえる。お前まで、と。だが、大丈夫だ。これで終わるような俺の策ではない。巻き込まれる? 呪いを受ける? いいや。そんなことにはならない。

「後は頼んだぞ、なまえ」

限界まで感情が膨れ上がったところで、目の前の呪いの根源の首元に白い絹のような腕が巻き付く。何も知らない女を救うだけがなまえの負担を軽減させる術ではない。今、この女の感情は間違いなく全て俺に向いていた。
あんたは、と、こいつは言った。今この瞬間、なまえのことを呪う余裕はなくなった。
つまり。

「ああ、お見舞い? なんにもないけど、良かったらゆっくりして行って」

俺も、それからきっとこいつも、なまえの声を久しぶりに聞いた。毒気の抜けるような邪気のない、素朴で穏やかな声がした。

「倒れてから、私の代わりとかもしてくれてたよね。ありがとう。でも、つかれた、でしょ」

ごめんね。ありがとう。
なまえはそれだけの言葉を、何度か繰り返したら眠ってしまったが、きっと、もう、少し休んだら起きるだろう。

「なまえは、お前や俺に手紙こそ書かなかったけどな」

俺はズルズルと壁に体を任せて座り込み、なまえを支えるただの女に向かって話す。

「幸せを祈ってくれてたのは本当だぞ。お前はどうにもいろんな問題を抱えてるみたいだが、それでも仕事があるし、熱心なファンもいるだろ。いいこともそれなりにあったはずだ。そんな時」

胸のあたりがあたたかい。なまえの声が聞こえる気がする。大丈夫。これはただの念押しだ。指差し確認程度の、大したことない我々共通の確認事項。

「そんな時、なまえのことを思い出さなかったか?」

これ以上の言葉は必要ない。
エクボとモブが息を吐く音が聞こえた。
それを確認した後、俺も、大きく息を吐いた。



なまえ曰く、前々から予兆はあった、らしい。大きく動いたのはそのオーディション。撮影はなんとか終えて、その後すぐ、うっかり強い念に負けて倒れると、呪いが加速度的に大きくなった。なまえの代役を努めた彼女に何か、いろいろとあったからだろう、とのことだった。そこからはもうお互い負の連鎖であった、と。
俺に言えよ、と文句を言うと、次からはそうする。と言って貰えた。
なまえはしかし寝たきり生活が長かったせいでとにかく体力が足りない、と、仕事への復帰はもう少しあとになりそうだ。トレーニングと日常生活の合間、ふらりと店に来るようにもなった。
花と言うには豪華すぎるが、うちの従業員ともすっかり打ち解けて勉強を教えたり世間話をしたり、突然の来客には手際よく受付をしてくれたりと、夢見た通りの光景がここにある。

「あんま無理すんなよ」
「大分戻ってきたし大丈夫」

とは言っても。筋肉が減ったということは体とか冷えるのではないだろうか。白くてすらりとした姿だけでも寒そうなのに、「体冷やすなよ」俺がスーツの上を羽織らせるとなまえは「冷えてないって」と笑って、エクボは「妊婦の扱いかよ」と呆れていた。うるせえよ。

「でも、ありがとう」
「おう」

俺にとってはちゃんと話ができるだけで相変わらず涙が出そうになる。もしかしたらこのまま終わりかもと何度思ったことか。もう、希望もない、続きも期待できない、行き止まりでどん詰まりで、こんな恋心はもう持っていても仕方が無いのだ、と。
しかし。
そろそろ、どうだ? 気付いたんじゃないか?
そう。これは。
一途で純な、愛の話。

((どうか思い知ってください:END))

ちょっと話すことさえ久しぶりすぎて、なまえのことを神聖視しすぎて、手が、震えているのは、誰にもバレてはいけない。


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20190418:ありがとうございました!
 
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