どうか思い知ってください07


なまえさんの精神世界はつい気が抜けてしまうくらいに穏やかで、いつだかみたいな妨害や迫害はなく。気分良く何も無い空間を進んでいくと、小さな影をひとつ見つけた。
近付くと、その女の人は振り返った。「ああ」と、何かに気づいたみたいに目を細めて微笑んでくれた。綺麗な人だ。

「君が、影山茂夫くん?」

((どうか思い知ってください:07))

はじめまして、みょうじなまえです。と、なまえさんは丁寧に挨拶をしてくれた。僕は驚いて「あ、どうも」なんて言ってしまった。
ただ、なまえさんが座ったまま動かないのが不思議で、なまえさんの手元を覗き込む。息を飲み込んだ。なまえさんの目の前に、大きな穴が空いている。底が見えない大穴だ。
真っ黒で、そこからいくつも黒いものが伸びていて、なまえさんの足や腕に巻き付いている。
だから、起きられないのか。心が意識と一緒に起き上がれないから。

「なまえさん、これは」
「はじめは、ちょっと足を取られるな、くらいだったんだけどね」

へら、となんでもない事みたいに笑うが、普通の人だったら生きていないし、こんな風には笑えないのだ。強いひとだなあ、と僕はなまえさんの顔をまじまじと見てしまった。
それからすぐにはっとする、そうだ、そんな場合じゃない。すぐにでも、これをどうにかしなきゃ。

「待ってて下さい、僕が、どうにか」

言って、穴に飛び込もうと歩を進めると、ぱ、と景色が切り替わる。目の前にあった大穴が後ろにある。もう一度穴に近づくが、一定の距離まで近づくと離されてしまった。超能力を使って思い切り近付いても結果は同じ、触れることさえできない。他にもいろいろ試すが、何ひとつとして届かない。こんなことははじめてだった。ぶつかることも出来ないなんて。「どうして」僕はなまえさんを見る。なまえさんは笑っていた。

「茂夫くんはすごいんだね」
「え、」

何に対してそんなことを言っているんだと不思議だったが、すぐに僕の超能力のことを言っているんだと気付く。でも、と僕は言う。言っただけで言葉は続かなかった。これをどうにも出来ていない。
なまえさんも、霊幻師匠も助けられていない。

「……」

なまえさんは何も言わずにじいっとゆるく微笑んでいた。本当に、綺麗な人だ。人気のある女優なのだと聞いてはいたが、それにしたって、あまりにきらきらとしている。周囲に星でも散りばめてあるみたいに、髪の先や、まつ毛の先が瞬いて見える。

「彼女は、友達なんだよね」
「……彼女?」

そう、となまえさんは頷いた。ともだち、友達?

「友達」

視線は大穴の奥に向けられている。積もり積もった恨みと呪いとそれから妬み嫉み、悪意や殺意や憎悪や嫌悪。たまらなく醜悪でなにもかもを混ぜてしまったせいでどす黒い。
こんなものを長年飛ばし続けている人間が、ともだち?

「本当は、苦しんでるのは私じゃない」

近くでずうっと、なまえさんを見ていると、額のあたりから汗が落ちてきた。
この人は、もしかしたら、僕が今まで出会ったどの人よりも、強くて優しい人かもしれない。


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20190413:霊幻夢ですから。
 
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