12 許された者



なまえとはじめて会ったのは、ひどい暗闇の中だった。
時々外へ出ることを許されたかと思うと、黙々と鍛錬をする俺の隣で、俺が拾って来たガラクタを分解して遊んでいた。
どうしてそんなことをする必要があるのかと聞いたことがある。
これがいいと思ったからだとなまえは答えて、そして、いつか一人で普通に生きるためだと笑った。
普通。
それが何を意味するかは聞けなかったが、その後すぐに、「ソニックとはずっと遊んでいたいけど」と言ったので、幼い俺はひどく安心したのを覚えている。
今となっては、少しひっかかる言葉ではある。
けれどその言葉通りに、なまえは俺と遊んでいる。
時折買い物に出かけたり、俺が無理矢理鍛錬に付き合わせたり。
向かい合って食事をするし、なんの生産性もないような話しをする。
ガラクタを拾って来ていたあの頃のように、なまえが気に入りそうなものを見つけると買って来たり、当然のように俺にと物が置いてあったりする。
俺たちにとってはすっかりそれが普通になった。

「ソニック」

呼ぶ声に、ふと後ろを振り返る。
昼食後に何の気なしにテレビを眺めていたら、なまえは飲み物を二つ持って来て隣に座った、少しだけソファが軋む。
緑茶の良い香りがひどく心を落ち着かせる。

「はい」
「ああ」
「何か面白いものやってる?」
「いや」

それだけの会話を交わして、二人して同じタイミングで茶を啜る。
以前デパートに買い物に行った時に買った物だ。デートみたいだと笑うなまえにデート以外の何だと言うんだと返した時の、面食らったような顔をよく覚えている。
その後、なんだかそれにムカついた俺はなまえの手をとって歩き出した。
「悪くないね」となまえは笑って、俺はと言えば「当然だ」とどうにか言った。
その時のように手のひらを合わせて指を絡めると、ゆるりと握り返される。
じわりと広がる熱が心地よい。
二人揃ってあいた方の手で湯のみを持って、緑茶を飲む。

「なまえ、いつだか言ってた下らん悩みは解決したのか?」
「え、あー、あれ。あの時はいろいろびっくりして焦ってたり、慌てたりしたけど、今は落ち着いてるから大丈夫」
「そうか」
「うん、それにたぶん、何言っても何しても、解決しない」

諦めたように笑う。
こいつはこういう顔をよくする。

「まあ、適当にやるよ。変にじたばたするの面倒だし」

確か、はじめて会った時も似た笑顔で笑ったと記憶している。

「それにしても、甘い物が食べたくない?」
「なんだ、唐突に」
「アイス、いや、違うな……、うーん。クレープ! クレープが食べたい」
「…………おい」
「行こう」
「俺は鍛錬に戻る」
「奢るし」
「聞いているのか」
「今ならレトルトカレー29食分つけるし」
「なんだそれは」
「後でソニックの用事も付き合うよ」

何を言っても、何をしても笑っていた。
あの暗闇でたった一人で、鍛錬の次の日は体中に傷を作って死んだように動かなかった。
それでも、怒るでもなく、八つ当たりをするでもなく。
そんなこいつがこんな風にやりたいことや行きたい場所を言うようになったのはいつからだっただろう。
俺の言葉をはっきりと否定するようになったのは、いつだろう。
鍛錬は好きじゃないと愚痴を零したのは。外に出たいと泣いたのは。

「ほら、立って」

笑っている。
俺はやはり、このなまえを見ていたい。
自由になったなまえは本当によく笑う。「しかたがない」と言う俺もきっと笑っていた。
悩むのもつまずくのもいい。
泣くのも怒るのもいい。
我がままを言ってもいい。
好きにしていたらいい。

「食い終わったらすぐ鍛錬だ。運動不足の貴様のために鬼ごっこをしてやろう」
「一方的に逃げられるのは私捕まえられないんですが」
「ふはははは、せいぜい足掻け」
「うぐぐ……。まあ、たまにはいいか」

気分の赴くままに生きていい。
生きたい道へ行けばいい。
俺は。

「そうと決まれば、早く行くぞ」
「うん、そうしよーう」

ただ、なまえを愛している。



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2016/1/9:いつだかなにげなく言った「嫌だ」はレアリティ高い。
 
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