日曜日の前向きさん@


べつにそわそわしたりしていない。ついうっかり香水を吹きすぎたり、念入りに体を洗ったり、朝から事務所の掃除をしたりなどしていない。茶菓子がいつもより良いものなのは偶然だし、髪型に気合が入っているのもたまたまだ。
湯呑みを口に近付けながら、ちらり、と時計を見る。

「なまえさん、そろそろですね」
「ぶっ、ん、げほっ、そ、そうだな。そろそろだ」
「早く来ないかなあ」

モブはそんなことを言ってわかりやすくわくわくしているが、まったくこいつは。こんなにわかりやすくてはまたどこで誰に利用されるとも知れないなあ。その点、この霊幻新隆を見てみろ。いついかなる時でも冷静にスマートに、楽しみとか楽しみじゃないとか。そんなことをありありと表に出すようでは社会ではやっていけないぞ、モ、
かたん、と外で音がした。「あっ」モブの嬉しそうな声はさておいて、じっと扉を見つめる。ノックの音が二回して、失礼します、と声がした。
むさ苦しい事務所に花が咲く。空気が変わる。途端清涼になる感じだ。入ってきたのは俺達が待ち侘びていた新しい従業員、みょうじなまえだ。

「こんにちは。霊幻さん、影山くん」
「こんにちは、なまえさん」

モブがぱあ、と顔をキラキラさせながら近寄る。いや、それはいい、それはいいのだが。モブくん、モブくんや、君は気にならないのかい?
なまえさんの肩に乗って、頬と頬がつくくらいべったりな緑色の悪霊の姿が!

「おいコラエクボ。お前なんでそんなところにいる?」
「ん? ハハ、いーだろここ」
「なまえさん、嫌なら嫌って言っていいんだぞ」
「大丈夫ですよ。最近よく構ってもらってるだけで」
「な?」

このやろう。エクボはまったくなまえさんの肩から退こうとしない。なまえさんはモブに何やら菓子を与えている。飴玉だろうか。俺にもください、とは思うが、そんなことよりエクボだエクボ。

「ほんとに迷惑じゃないのか?」
「ありがとうございます。ほんとに迷惑じゃないですよ」
「なあー?」

なまえさんに庇われて、なまえさんの頬にすりすりと擦り寄っていく。やめろこのボケ。モブに引き剥がせと言おうとするが、モブは貰った飴玉に夢中である。いい加減にしろ。肩を掴んで耳打ちする。「……お前はいいのか?」「え……? なにがですか?」「なまえさんとエクボだよ!」「なまえさんは大丈夫って……」言ってますけど。その通りだ。あーあーそうですよ!俺が勝手にやきもきしているだけ! まったくエクボのヤツめいい子ぶりやがって……。

「霊幻さん」
「ん!?」

あわわ急に話しかけられたらカッコつけるのが遅れてしまう。「な、なんだ。どうかしたのか?」この部屋こんなに暑かったか……?

「これ差し入れです。嫌いでなければ、みんなで食べてください」

なまえさんにもたらされるもので、嫌なものなどあるはずがない。紙袋を受け取ると、中身は手作りっぽいゼリーだった。ひとつ取り出すと、中に果物が入っていて涼し気だ。

「悪いな。気を使わせて」
「いえいえ、だってほら」

なまえさんが視線で示したのはモブの方向。なんだ? モブが一体なんだって? 俺もモブの様子を確認すると、嫌にキラキラした目で俺の手元を見ていた。すなわち、なまえさん謹製ゼリー……。

「わあ……、なまえさんはすごいなあ……」

モブ、モブくんよ。師匠を差し置いてなまえさんの好感度を上げていくのをやめてくれないか。これには流石のエクボも渋い顔をしていた。

なまえさんがたまに手伝いに来てくれるようになって一ヶ月。俺はどうにも、彼女に関して全てのことで、遅れを取り続けているのであった。


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20190315:いつもの。
 
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